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    クロディ

    #クロディ
    clodi

    めっちゃ途中なクロディちゃん 空気のにおいがやわらかい。豊かな草木と土の気配がする。時折、大きな鳥の影が頭上を横切っていった。七億年前から時を止めた廃墟の、今にも崩れ落ちそうな屋根の隙間から太陽に似た恒星の光が差し込んでいる。
     七億年——途方もなく遠い昨日、この隔離区画で大きな事故が起きた。荒い映像記録の中で、事故のあらましを語る研究所の責任者である女性の面差しは、クロードの大切な少女と共通する点が多くあった。彼女の傍らには、泣きじゃくる小さな女の子がいた。レナと呼ばれていた。何度も、何度も、惜しむように、愛しむように、女性はレナ、と女の子の名前を呼んだ。母子の最期の逢瀬を、クロードは固唾を飲んで見詰めた。目が離せなかった。すぐ隣で同じように映像を観ている少女を気に掛ける余裕もなく、食い入るように見届けた。だから、反応が遅れた。
     視界の端に、赤い色が翻る。少女のケープだ。理解したときには既に遅かった。
     映像が途切れ、遠い過去から現実に引き戻されると少女は駆け出した。あんなにも知りたいと願っていた真実から逃げるような速さだった。彼女を一人にしてはいけない。追いかけなければ。反射的にクロードは一歩を踏み出した。それより更に速く、クロードの目に蒼く大きな影が躍り出る。色素の薄い長く蒼い髪が鼻先を掠めた。

    「ディアス」

     少女を追って遠ざかる背中に、届かない声で呼び掛けた。
     後を追うようクロードを促す、誰のものとも知れない声がする。
     足が竦む。ぼくが追いかけて行って、何になるのだろう。クロードは思った。レナは行ってしまった。ディアスは彼女を追いかけて行った。もしかすると、もう追い付いているかも知れない。いつかのように、クロードだけが置いて行かれてしまった。
     また誰かが、クロードに言った。レナを追いかけろ。そうだ。追いかけなければ。重たい足を引き摺るようにして、クロードは走り出した。
     爆風でひしゃげた廃墟を走りながら考える。
     レナに追い付いても、どんな言葉をかけたら良いのか分からない。かける言葉が見付からないだけなら良い。先に駆け出したディアスがレナに追い付き、二人でいるところを想像する。足取りがますます重くなる。
     走ることに意味はない。追い付くことに意味はない。ディアスがいるなら、クロードが駆け付けたところで邪魔になるだけだ。レナもきっと、こんなときに頼りたいのは気心の知れた幼馴染みである筈だ。
     とうとうクロードの歩みは完全に止まる。建物の出口はすぐそこだ。解かっている。だのに足がもう一歩も動かない。解かっている。この先にクロードが進むことに何も意味はないのだと解っている。

    「クロード」

     名前を呼ばれた。低く掠れた声だ。顔を上げる。外に続く廃墟の崩れかけた出入り口に長躯が見える。逆光で表情は判り難い。足元には、深くて濃い色をした影が落ちている。けれど、その人影をクロードはよく知っていた。

    「ディアス」

     名前を呼ぶ。今度は届く強さで、はっきりと呼んだ。足が動く。まだ歩ける。クロードは男の方へと歩き出した。
     外に出ると、建物の中に差し込む光源とは比にならない日差しに視界が焼ける。けれどそれも一瞬のことで、すぐにクロードは視野を取り戻した。
     水のにおいがする。何処かで鳥が鳴いている。足元には名前も知らない花が慎ましく咲き誇り、緑の絨毯に彩りを与えていた。

    「……レナは」

     緑の淵に佇む男に、クロードは問う。ディアスは緩やかに首を横に振った。見失ったらしい。

    「だが、そう遠くには行っていないだろう。少なくとも、一人でアームロックには戻っていない筈だ」
    「根拠は」
    「付き合いの長さだな」

     浅く、息を吐くような軽やかさでディアスは笑った。

    「ずるいんだよな、そういうところが」

     クロードはぼやく。

    「ただの事実だ。自分から訊いておいて妬くな」

     面倒くさい。ディアスは言い放った。
     押し黙るクロードの目の前を、彼の長い腕が過る。剣を握ることを生業とする無骨な指が、深緑の陰の落ちる道なき道を指し示した。

    「おまえが行って、レナを見付けろ」
    「……ディアスだって、レナを追いかけたじゃないか」

     ぼくよりずっと速く。その言葉をクロードは飲み込む。
     風が吹いた。木々がそよぐ。頭上のから葉擦れの音が降り注ぎ、クロードの髪をかき混ぜた。せわしなく形を変える木漏れ日に、凝り固まった血の色を思わせるディアスの双眸が柔らかく細くなる。

    「条件反射だ。追い付いたところで、オレの口から今のレナに言えることは何もない」

     自嘲めいた物言いだった。けれど、自嘲にしては抑揚を欠いた平坦な声音だった。

    「そんなの、ぼくだって同じだよ。でも、言葉なんかなくたって、ただ一緒にいてくれるだけでいい、ってこともあるんじゃないのか」

     フィーナルから逃げ帰った日のことを思い出す。父の死んだ夜だ。目の前の男に、子供の癇癪じみた酷い姿を見せた。けれど、傍にいたのが彼で良かったとも思った。きっとレナも同じだ。
     ディアスは緩やかに首を振る。風で乱れた長い髪が一房、彼の目元から薄い唇にかけて零れ落ちた。クロードは何故か、そこから目が離せない。

    「今は、お前がレナの傍にいて、あいつの哀しみに寄り添ってやるべきだ。レナの為でなく、お前自身の為に」

     ディアスの言葉に、クロードは言葉を失う。彼に抱き締められたあの夜はこの森に続いていたのだと知れたからだ。

    「荷が重い」

     努めて平静を装いながら、クロードは言った。そうでなければ、今にもまた彼に泣き縋りそうになる。
     鼻を鳴らすとディアスは顎をしゃくって「とっとと行け」と冷たく言い放った。クロードの動揺は悟られていないようだった。安堵とすると同時に若干の落胆を覚えながら、クロードはディアスの横を通り過ぎようとした。だが、ふと思い立ち足を止める。
     ディアスに向けて、クロードは手を伸ばした。あの夜と地続きであるのなら、届く気がした。
     伸ばした指先は呆気なく、ディアスの顔を横切る長い髪に触れた。唇を掠めるように 払い除ける。ディアスは何も言わない。ただ奇妙なものでも見るかのような視線を向けるだけだ。
     浅く笑って、その視線から逃れるようにディアスから離れ、クロードは問う。

    「ぼくがぼくを許せたら、ディアスもディアスを許せる?」

     今度こそ、ディアスははっきりと瞠目した。それから苦虫を噛み潰したかのような渋面を作ると、「オレのことはおまえには関係ない」と言った。
     思った通りの答えだ。クロードは笑う。笑って、レナを探す為に歩き出した。

    「関係あるさ」

     肩越しに告げる。ディアスはまだ深い緑の底にいて、クロードを見ていた。その事実に満足しながら、言葉を続ける。

    「ぼくは、ディアスに嫉妬していたのか、レナに嫉妬してるのか、もうよくわからないんだ」

     ディアスは何も言わなかった。クロードの言っている意味が正しく伝わらなかったのかも知れない。自分でもまだ確信からは程遠い感情だ。仕方がない、とクロードは思う。目を逸らさずにいてくれるだけで今はまだ充分だ。
     ディアスの視線を背中に感じながら、クロードはレナを探して歩き始めた。
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