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    続・エルアー時空片割れ不在

    #エルアー
    lar

    ポイント・オブ・ノーリターン 2 硬質な足音が廊下に響く。階段を上るとブリッジへと続く扉の前に、小型の召喚獣が三匹固まっている姿が見えた。ケラックだ。彼らもアークに気が付いて寄ってくる。

    「チョンガラはいる?」

     扉を指しながら訊ねると、召喚獣が代わる代わる頷いた。だが通路が狭く、更にはケラックが纏わり付いて先に進めない。
     記憶を頼りにポケットをまさぐると、紙に包まれた状態の、ファッジに似た砂糖菓子のバルフィが丁度三個出て来た。街に繰り出したちょこが、何かの気紛れでアークにくれたものだ。それをケラックに渡し、道を開けて貰う。楽しみにさしていたのに残念だな、とアークは思った。
     扉をくぐると大量の煙に襲われ、反射的に目を閉じる。

    「換気しろ、ヤニ食い共」

     痛む目を擦りながら悪態をつくアークを、豪快な笑い声が迎えた。

    「よぉ、帰ったぜ大将」
    「おかえり。シュウに報告丸投げして酒盛りとは良いご身分だな。呑むか吹かすかどっちかにしろ」

     床に座り込んで煙管を咥えたトッシュの脇をすり抜けて、艦長席に近付く。帽子を脱いでくつろいだ様子のチョンガラが、そこでシーシャを燻らせていた。もう何のにおいが充満しているのか判らない。

    「エルクやリーザの前ではやめろよ」
    「わーっとる。まだ帰って来とらんからいいじゃろ」

     太陽の光を反射して水パイプが鮮やかなブルーの影を落とす傍らに、ナッツとドライフルーツの入った小皿を見付けて手を伸ばす。

    「何じゃ、出掛けるのか?」

     チョンガラがアークの装いを指摘するように言った。カシューナッツと干したイチジクをまとめて口に放り込みながら頷く。

    「情報収集を少し。あと、廊下の電灯が切れかけてた」

     交換しといてくれ。付け加えてから小皿をチョンガラに手渡すと、アークは踵を返した。その背中に声がかかる。
     「街に行くんなら小僧の様子も探って来ちゃくんねぇか」酒瓶を傾けながらトッシュが言った。「シュウが気にしてるみてぇでな」
     アークはトッシュを見下ろして、大きく息を吐き出す。

    「聞いてる」
    「何だ。仲良いなお前ら」
    「トッシュが報連相を怠って人様任せにした挙げ句、午前中から酒かっ喰らってる間に親睦を深めました」
    「?今の流れで、何でほうれん草が出てくんだよ。酒のツマミの話か?」

     アークは眉間を押さえて俯いた。解ってはいたが、トッシュはいつものトッシュのようだった。

    「……何でも良いけど、俺のいないとこであんまりシュウに迷惑かけるなよ」
    「お前はオレの母親か」
    「トッシュが俺の子だったら、もっと利発に育ってないとおかしい。せいぜい飼い主と犬、ってとこじゃないか」
    「違いねぇ」

     程良く酒が回って来ているのか、酷く機嫌の良い様子でトッシュが豪快な笑い声を上げる。その表情は明るく、陰りはない。シュウは計画通りに進まなかったことに気疲れしていたようだが、この調子だと依頼は上手く行ったのだろうな、とアークは思った。

    「何だよ。まだオレに何かあるのか」

     黙り込んでトッシュを見下ろすアークを不審に思ったのか、訝しげな声が上がる。
     アークはすぐに首を横に振り、それから口を開いた。

    「……いや。俺が出掛けてる間、くれぐれも大人しくしてろよ」

     それだけを告げると、アークは歩みを再開した。背中に「わん」と上戸の応えが返る。背後に向けて手だけ振って扉をくぐると、アークはブリッジを後にした。





     シルバーノアの外に出ると、乾いた風が頬を撫でた。砂ぼこりが目尻を掠める。艦内から見た空と違わず、頭上はペンキを流し込んだかのような青一色だ。
     グレイシーヌとの国境に程近いこの小さな街は、アークの故郷であるスメリアよりも標高が高い。空の色が濃いのはその為だ。
     ささやかな空港のロビーは、人混みに紛れることも難しい。帽子を目深にかぶり直したアークは、極力目立たないよう努めて注意を払いながら街に出た。
     切り立った断崖に沿うように建てられた白を基調とした家屋と、群青色の空とのコントラストが美しい街並みがアークの目の前に広がった。家々の間には青や赤、黄色、白に黒といった色とりどりの布が垂れ下がっている。その配色は、スメリアの社や祠でも似た配色を見掛けたことがあった。神職の家系であるククルなら謂れが分かるかも知れない。今度会ったら訊いてみよう。アークは思った。
     伝統的な石造りの建造物と、近代的な電飾とが奇妙に入り混じった街並みを漫ろ歩く。露店も多く点在しており、昼を前に空腹を覚えたアークは揚げ菓子を購入した。
     ほんのりとバターに似た乳製品の香りがする小麦粉を揚げた菓子は細工のように拗られており、一つ口に放り込むと小気味良い音を立ててすぐに溶けて消えた。食感はスメリアでも馴染みのある、かりん糖に似ている。
     そのままメインストリートを道なりに歩きながらハンターズギルドをアークは探した。途中、手入れの行き届いた広場が目に留まる。
     アークは足を止めた。
     剪定された植え込みに囲まれ、中央には小さいながらも存在感のある噴水が設置されている。弾ける飛沫は朝の日差しを受けて、さんざめく煌めいていた。
     公園と形容して差し支えない広場の、噴水の外周に腰掛けている知った顔の名前を呼ぶ。

    「ゴーゲン」

     魔法使いの老人もアークに気が付いて手を上げた。

    「街に来てたんだな」
    「おなごたちの付き添いじゃ」

     ゴーゲンの指し示した方向を見遣った先には、パラソルの下のテラス席に座る女性陣の姿があった。そびえ立つパフェを前に、目を輝かせて談笑する彼女たちは、何処にでもいる普通の女性に見える。彼女たちが世界の命運を左右する過酷な戦いに身を投じた戦士だということを、アークですら忘れそうになる。そんな長閑な光景だ。

    「で、何でゴーゲンは離れてるんだ」
    「わしにはちとあの甘味類は重いのう」

     湯気の上がる紙コップの中身を啜りながらゴーゲンは答えた。

    「俺でもキツいよ」
    「若者が何をだらしないこと言っとるんじゃ」
    「そうは言っても……ああ、でも、ククルなら、喜んであの輪に入ってったんじゃないかな」

     今も一人、冷たい石の社で封印を守るここにはいない彼女を想う。どうしてククルだけが、ここにいられないのだろうと考える。彼女も世界の未来の為に、身を賭している。だのに、彼女だけがあまりにも不自由で、その理不尽に、どうしようもなく苛立つ。

    「……駄目だな。リーザたちが悪いわけじゃないのに」

     生け垣の向こうのテラスから目を逸らして、アークは笑った。

    「勇者失格じゃのう」
    「みんなには内緒で」
    「心得た」

     ゴーゲンも笑いながら頷く。その傍らにアークは腰を下ろした。

    「で、おぬしの方こそ、ここに何の用じゃ」
    「情報収集がてら放蕩息子の捜索を頼まれた」

     揚げ菓子を口に運びながら、エルクを気に掛けるシュウの様子をゴーゲンに伝える。

    「それは、雨が降り出す前に見付けてやらんとのう」
    「こんなに晴れてるのに」
    「例えじゃ例え。山の天気は変わり易いと言うじゃろ」
    「確かに、スメリアの山では言うけどさ」

     気候も標高も異なる山の天気も同じなのだろうか。薄っすらと雪の残る山々の山頂には、相変わらず雲一つ掛かっている様子はない。

    「それに、空気が心なしか湿気っておるようじゃ」

     ゴーゲンの指摘を受けて鼻を動かす。ペトリコールは知っているが、そうした気配もない。高山特有の乾いた風が吹いているだけだ。
     いまいち腑に落ちないアークを、「年寄りの勘じゃな」と言ってゴーゲンが笑う。

    「じゃが、街中ではわしらもエルクは見掛けとらんのう」
    「そうか。やっぱギルドに顔を出すか……駄目だ。これ、口の中の水分が結構なくなる」

     空腹に任せて揚げ菓子を多めに買ってしまったことを後悔しながらアークは言った。無言でゴーゲンがまだ中身の入った紙コップを手渡してくる。

    「ふむ……そうさな」

     ゴーゲンは懐を探ると、周辺地域の記入された地図を拡げる。魔法使いの指し示す廃村までは、一本道のようだ。

    「もう少し山道を行ったところに廃村がある話であれば、小耳に挟んでおる」

     紙コップの中身を啜るアークの鼻腔を甘い香りが擽り、舌の付け根を程良い塩気が刺激する。バター茶だ。
     「これ全部飲んで良い?」とアークが問うと、「好きにせい」とゴーゲンは答えた。

    「おぬしは特に顔が割れとるからの。ギルドでの聞き込みはわしらに任せて、一足先にその廃村とやらに行ってみてはどうじゃ」
    「……過保護過ぎないか?」

     一本道なので行き違いになる可能性は低い。だが、少し街に出てエルクの様子を見るだけの話が、随分と大事になってきている気がする。仮にも一人前に自分の食い扶持を稼ぐハンターが、いつものように仕事現場に行っているだけであって、迷子の捜索では決してない。

    「シュウが気にしとったんじゃろ」
    「そうだけど、何だろう……歳が近いだろ、俺たち。弱ってたり、手間取ってたりするとこ、見られたくないんじゃないかな」

     あの子供は負けず嫌いなところがあるというか、プライドを傷付けそうだ。

    「そう思うなら、シルバーノアへ戻れば良いだけじゃろうて」
    「まぁ、そう……だよな」

     空になった紙コップを潰す。取り敢えず、ゴミを捨ててから考えよう、とアークは立ち上がった。
     辺りを見渡してゴミ箱を探す。すると、生け垣の向こう側のメインストリートを、知った顔が歩いていた。

    「……チョンガラ?」

     何故か、先程シルバーノアのブリッジで別れたばかりの男がそこにいた。向こうもアークに気が付いて、小走りに寄ってくる。

    「ここにおったか」
    「どうしたんだ。エルクが戻って来たのか?」
    「違う違う。電灯じゃ。替えの在庫がなくてのう」
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    menhir_k

    TRAININGア一クにとって工ノレクが世界の縮図なら、工ノレクからの誤解が解けるということは世界からの誤解が(何れ)解けることを示唆していて、それはア一クにとって数少ない報いだったのかなと書き終わってから思ったし、だとしたら工ノレクからア一クへの誤解は報いに至るために必要なものだったのだなぁという謎の気付き(全て仮定と言う名の妄言)
    「サヨナラ」ダケガ人生ダ 2 微かな呻き声が聞こえて、足を止める。不規則な明滅を繰り返す蛍光灯に照らされた廊下には、アークしかいない。それでも、物々しいシルバーノアの駆動音にかき消されてもおかしくないほどのか細く小さなその声を、確かにアークの耳は拾った。拾ってしまった。タイミングの悪さにうんざりする。
     アークは、あまり意識しないようにしていた傍らの扉へと視線を遣った。鉄製の自動扉だ。ロックのかかった扉の向こうの部屋は、最近行動を共にするようになったハンターの少年に与えたものだ。呻き声はこの中から聞こえた。間違いない。
     少年の——エルクの境遇は、大まかにだが知っている。彼から直接聞いたわけではない。だからと言ってアークから積極的に訊ねるわけにもいかない。エルクの過去はそれほどまでにデリケートで過酷だった。そんな彼が、扉一枚隔てたその向こう側で悪夢にうなされている様子は想像に難くない。だからと言って、そう多くの言葉を交わしたことのないアークが、容易に踏み込んで良い領域でもないように思えた。だから、うんざりしたし面倒だった。
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