デロデロに酔っ払った黒死牟を介抱する無惨様 珍しいことがあるものだ。皆がそう思いながら、こくりこくりと船を漕ぐ黒死牟を見ていた。
「ちょっと無理させていたからな。酔いが回ったのだろう」
わざわざ椅子を寄せ、自分の肩に凭れ掛かるように肩を抱き寄せる無惨を見て、これが邪魔をしてはいけない、と皆が空気を読み「お先に失礼します」「ご馳走様でした」と蜘蛛の子を散らすように退散していった。
今日は新年度の決起大会だった。ライトアップされたレインボーブリッジを見ながらの洒落たディナーだったが、それほど飲んでいない黒死牟が酔い潰れたのだ。
年度末忙しかったからな……と皆思っていたが、皆、心のどこかで解っていた。たかだか職場の飲み会で、わざわざ、こんな良いホテルのディナーが用意されていたのは、あの二人には「この後」があるのだろう、と。
「なんか盛ったんじゃねぇか?」
黒死牟があんな潰れ方をするのは珍しい。病葉がぼそりと呟くと、皆が視線を反らした。良いネタゲットだぜ! と喜ぶ零余子を除いて。
そう、病葉たちの読みは当たっている。無惨の中では働きすぎの可愛い秘書を労わってやろうという気持ちがあったとか、なかったとか。二人きりになってからの様子を誰も知らないので本心は不明だ。
自分に凭れて眠る黒死牟の長い髪を指先に絡ませる。無防備な幼い寝顔を優しく見つめながら、耳元で何か囁くが黒死牟は意味も解らず「はい」と掠れた声で返事する。
「仕方のない奴だ」
テーブル会計を済ませ懐に黒いカードと領収書を仕舞うと、黒死牟を支えながらエレベーターホールへと向かう。こんなこともあろうかと37階の最上級スイートを予約していたのだ。自分と黒死牟の鞄は既に部屋に運んでもらっている。
エレベーターはルームキーがないと使えない仕様なので邪魔する者は誰もいない。そんな状況に気を良くして、陽気に鼻歌なぞ口ずさみながらルームキーを差し込む。広いメインのベッドルームは全面ガラス張りで東京湾の夜景を一望できるのだ。ベッドの上に置かれた白いダックとカラフルなクマのぬいぐるみをどけて、黒死牟をベッドに寝かせる。
「このままだと苦しいだろう?」
そう、あくまでも親切心で、無惨は黒死牟のネクタイをほどき、慣れた手つきでスーツを脱がせた。ワイシャツのボタンを丁寧にひとつずつ外している時に手を掴まれた。
「無惨様……ここは……」
流石は黒死牟。少し酔いが覚めたようで、うつろな瞳で無惨を見つめている。しかし、赤く染まった目尻と潤んだ瞳は更に無惨を煽るような色気は放っている。
「珍しくお前が酔い潰れたからな。少し休憩してから帰ると良い」
「申し訳ございません……」
「良い、気にするな。ゆっくりしておけ」
そう言って無惨は僅かに開いた黒死牟の口に、口移しで水を飲ませる。意識が朦朧としている黒死牟は何も思わず、その水をごくりと飲み干し、再び意識を手放した。
安らかな寝息を立てているのを確認すると、無惨は黒死牟の額に軽くキスをする。
「素直な良い子だ」
無惨は黒死牟の髪を撫で、優しく微笑みながら自分のネクタイをほどいた。