むざこくにちょっかいを掛けて楽しむカガヤ様 ツーッツーッツーッ……。
また無惨に着信拒否された。ここ半月、毎朝4時に電話を掛けていたら、遂に拒否されたのだ。
初めからこうしていれば良いのに、無惨は変に律儀なところがあって、ご丁寧に半月様子を見て、やっと着信拒否にしたのだ。
「ふふっ、可愛いなぁ……」
電源を切るなり何なり出来るのに、何故か毎朝4時に出てしまう。恐らく「掛かってきた電話は取り敢えず出る」という習性があるのだろう。
だったら次は非通知で掛けるか、と思い、頭に184を付けて発信する。
「ヤッホー! 無惨!!」
「おはようございます、耀哉様」
「あれ、巌勝?」
「黒死牟でございます」
無惨のスマホに掛けたはずなのに出たのは黒死牟こと巌勝だった。
耀哉にとっては本名の「巌勝」の方が馴染みある名前である。何せ継国巌勝は産屋敷家の私兵部隊「鬼殺隊」の元隊士であり、最高位の柱まで務めた有能な男である。
「無惨のスマホに掛けた筈だけど」
画面を確認すると確かに無惨の番号である。
「えぇ、こちらは鬼舞辻の携帯電話でございます」
「だったら無惨出して」
「申し訳ございませんが、鬼舞辻は席を外しております」
「嘘でしょ? こんな時間に無惨がいないとか……あぁ、お楽しみのところ邪魔しちゃったのかな? ごめんねぇ、無粋なことしちゃって」
ペラペラと喋る耀哉に対し、黒死牟は無言である。お楽しみの最中というより、終わった後で無惨はシャワーを浴びているか寝ているか。時間も時間だから寝ているのだろう。
そんな主の為に代わりに電話に出るなんて見上げた忠誠心である。黒死牟のこういう主に対し実直なところが好ましいと思っていた。自分は裏切られたけど。
「残念だなぁ……無惨に伝えたい情報があったんだけどな」
「……どういったご用件でしょうか」
「いや、いいよ。ちょっとある筋から、無惨のスキャンダル記事を入手してね。本当かどうか確かめたかったんだけど……また日を改めるよ。ただ、今日中に連絡が付かないと、発売されちゃうかもしれないなぁ」
「……私が伺います。どちらに参ればよろしいでしょうか?」
楽勝。
耀哉は笑いを噛み殺しながら、子会社のビジネスホテルを指定した。
無惨のスキャンダルと言えば黒死牟は必ずやってくる。彼の忠誠心はそこまで愚直なのだ。
さて、巌勝は口封じに何を持って来るか。現金か、逆にこちらの弱みか、それか……何にせよ退屈しない一日になる、と耀哉は今にも踊り出しそうな気持ちだった。
「やぁ、よく来たね、巌勝」
「黒死牟です」
しつこいくらい訂正してくる。耀哉に「巌勝」と呼ばれることが不快なのではなく、無惨に名を与えられた時点で「継国巌勝」という名前は捨てたのだろう。
本当に面白い男だ。優秀な男であったが、ここまで思い切ったことをする男とは思わなかった。
「これが記事だよ」
無惨のスキャンダルなんて適当に問い合わせれば何でも出てくる。黒死牟の徹底した箝口令と産屋敷家の人脈との鍔迫り合いがずっと続いているが、今回は産屋敷家の力が勝った。というか、正直、大したネタではないので黒死牟も見て見ぬふりをしていたのだろう。
しかし、耀哉がこれを持ってきたということは、何か裏があると思い、訝しげな表情で睨んでいる。
「いくらで買い取れば?」
「生憎、金には困っていないんだ」
「でしたら……」
「私にどうして欲しいのか、君の誠意を見せて欲しい」
今時、こんな台詞、「悪い政治家」と言われている無惨だって使わないだろう。でも、使えてしまうのだ、黒死牟に対しては。
「では……」
黒死牟は懐から拳銃を取り出し、銃口を己の顳顬に押し当てた。
「ちょっと! 何をしているの?」
「私の命と引き換え、でよろしいでしょうか?」
この程度のネタで? と耀哉は笑いそうになるが、胡散臭い笑みを浮かべ、そっと黒死牟の手を握った。
「君がそこのベッドで私の相手をしてくれたら、別にこんな記事、揉み消してあげるよって言ったつもりなんだけど。そこまで説明しないと解らないのかな?」
「お断りします。主以外と寝るつもりはありません」
他の男と寝るくらいなら死ぬ。その潔さは凄い。
「君が死ぬと無惨は困ると思うな。自分の職務を放棄するの?」
痛いところを突かれたようで、黒死牟はぐっと顔を歪める。
「別に1回くらい良いでしょう? 無惨が初めての相手じゃないんだし」
元々諜報部隊にいて、その容姿を生かしハニートラップも平気で仕掛けていた男だ。無惨に捧げる操なんてあったものではない。
耀哉は黒死牟の腕を掴み、嬉しそうにベッドに向かう。黒死牟なら、その手を振り払い、何だったら耀哉を締め上げることだって出来るのに「無惨の為」となると、それが手枷足枷となるのだ。
不思議なものである。鬼殺隊として無惨を陥れろ、と送り込んだのに、ここまで無惨に心酔するとは。どうせ良いように使われて、使い道がなくなれば捨てられる。無惨とはそういう男だ。
だが、こうして黒死牟を誘ったのは何も黒死牟と寝たいからではない。
この男が「餌」となることを知っているのだ。
ホテルのチャイムが激しく連打される。そして、ドンドンと迷惑なほどドアを叩く音。
「ちょっと待っててね」
黒死牟をベッドに寝かせたまま耀哉がドアを開けると、そこには無惨がいた。
「帰るぞ、黒死牟」
「無惨様!」
そう、無惨を誘き寄せるには黒死牟を使うのが一番良い。耀哉はそれを知っているのだ。
「相変わらず鬱陶しいことをする男だな」
「こうすれば君に会えると思って」
無惨の手を握ろうとすると、強く振り払われた。
これまでの無惨は愛人も部下も手駒としか思っていなかった。いくらでも使い捨てるし、情なんて持っちゃいない。黒死牟もそうなると思っていたのに、救い出す為に大嫌いな耀哉のところにまでやってくる。
随分とぬるい男になった、耀哉は失笑するが内心穏やかではない。
本当に巌勝を抱き潰して、二人の心をへし折ってやれば良かったと心底後悔した。
今まで散々手を汚してきた二人が互いを支え合って生きているなんて反吐が出る。耀哉は笑顔の裏側に、そんなどす黒い感情を隠している。そして、その感情を見抜いている、たったひとりの人物は目の前の無惨だけなのだ。
「いいかげん私の邪魔をするのはやめろ」
「嫌だね。何せ君は『悪い政治家』だからね」
そういうイメージを世間に与えたのは産屋敷家の力だった。確かに叩けば埃はいくらでも出るが、それ以上にこの国に影響を与える力を持っているのだ。
産屋敷家として「鬼舞辻無惨」が力を持つことを許してはいけない、という役目はあったが、それ以上に複雑な感情を無惨に対して抱いている。
「何度も言っているが黒死牟を囮に使うな」
「だったら君が最初から来れば良いって何度も言っているだろう? 君が素直にならないから、巌勝を危険な目に遭わせていると自覚した方が良い」
無惨は舌打ちして、黒死牟の腕を引いて部屋を出ようとする。
「いつでも失脚して良いからね。君たち二人くらい私が面倒を見てあげるよ、愛人として」
「死ね、クソ野郎」
「相変わらず口が悪いね、無惨」
それ以上何も言わず、二人は部屋を出て行った。
黒死牟を誘き寄せるのは簡単だ。彼は無惨の為に来る。
無惨を誘き寄せるのも簡単だ。黒死牟を助ける為なら一人でやって来る。
「どうかしてるよ……」
そう言って大きな溜息を吐き、手帳型のスマホケースに入れている無惨の写真を見た。