お嬢さん、お入んなさい(グルアオ)「ドラゴンタイプの子をはがねタイプにテラスタルさせたいので、今 一生懸命テラピースを集めているんですよ」
バトルをした後、ジムリーダーの控室で行われていた会話の流れで何気なく出した内容。
そうなんだって流されるかと思いきや、目の前でコーヒーを飲む彼は、私の話に興味を惹かれたようだった。
右目の瞼を微かに上げると、マグカップを机の上に置いてそんなことをしようとする理由を尋ねられる。
「はがねテラスタルになったら弱点が3つも半減されますし、なかなか強いんじゃないかなと思って、確かめてみたいんです」
「なるほど。
…もしかして、その子が育ってきたらぼくとの勝負でぶつけてくる気じゃないよね?
いいの?そんな言いふらしちゃって」
あっと気づいた時には既に遅し。
よくバトルの相手をしてくれるこおりタイプ専門のジムリーダーに対して、言うことじゃなかったな…。
驚かせたかったのに。
思わぬ形で今後の戦略を曝け出してしまい固まる私を見て、グルーシャさんは呆れたようにため息をついた。
「まあ、はがねタイプの対策は真面目に考えないといけないって思ってたし、ぼくも考えるよ。
…アオイみたいに何するかは言わないけど」
「うぐ!…はい、もう一つサプライズできるように頑張ります」
なかなかの辛口コメントに、そう返すしかなかった。
いくら仲良くしてもらっているとは言え、こうペラペラ喋るもんじゃないな…。
心の中で反省していると、二日後予定は空いているかどうかを聞かれた。
どんな流れかわからず はてなマークを浮かべていると、グルーシャさんがはがねを含むいくつかのテラピースを持っているからあげるとのことだった。
「え、いいんですか?」
「こおり以外は持っていても仕方ないから。
二日後ならぼくもオフだから直接渡せるし、どう?」
今まで散々歩き回って拾い集めたり、レイドバトルで入手したりしてきたけれど思ったように必要数が揃わなくてちょっと疲れていたから、そんな素敵な提案に二つ返事で回答した。
グルーシャさんのお家まで来たら渡してくれるとのことだから、お礼も兼ねてカエデさんのところでお菓子を買って持って行こう。
当日はよろしくお願いしますと勢いよく頭を下げたら、珍しく彼は少し笑っていた。
「え、一人で行くって大丈夫なん?」
「住所も教えてもらったから、たぶん迷わないよー」
「いや、そうじゃなくて…」
次の日、ボタンと美術の授業で一緒になったから明日のことを話せば怪訝そうな顔をされた。
確かにちょーっと方向音痴なところはあるけど、ちゃんとスマホロトムにマッピングしたから大丈夫なはず。
だからそう伝えたら何か言いたげな表情をされたけれど、授業開始のチャイムが鳴ったと同時にハッサク先生が教室内に入って来たから詳しくは聞けずじまい。
授業終了後も私の方で用事があったから、一声かけてから真っ先に教室から出て行った。
その後、何かあればすぐに連絡してと彼女からメッセージが届いて、そんなにグルーシャさんのお家に到着できるのかどうか不安なのかなと首を傾げた。
そして次の日、約束の時間に私はムクロジクッキーを片手に呼び鈴を鳴らした。
空は分厚い雲に覆われていてあまり天気は良くない。
長居しないように気をつけようと考えている間に、グルーシャさんが玄関のドアを開けて出迎えてくれた。
「いらっしゃい。サムいから早く入りなよ」
「はーい、お邪魔します」
笑顔で中に入るとリビングに入るよう指示される。
グルーシャさんは玄関で何かしていたけれど、廊下は少し寒かったからお言葉に甘えて先に部屋の中に入らせてもらった。
リビングは落ち着きのあるシンプルなレイアウトだけど生活感のあるお部屋で、グルーシャさんってちゃんと人間として生きているんだなって実感した。
なんだか綺麗過ぎるし、ジム付近でしか会わないから、雪山に住む妖精感があるんだよなー。
など、口にすればまた呆れられそうな言葉を胸の内に留めている間に、グルーシャさんが入ってくる。
「サムいだろ。何が飲みたい?
いつものココア以外に紅茶もあるけど」
「なら、紅茶でお願いします。クッキー買いましたので、一緒に食べましょう
あ、あと手を洗って来ますねー」
そんなこんなでお茶会の準備をして、ソファーに二人で腰かける。
いつもみたいに食べながらおしゃべりしていたけれど、次第になんとも言えない違和感を感じはじめた。
普段は向かい合ってるのに、今日は隣同士で座っているから?
それともグルーシャさんの服がいつもと違うから?
どれも合っているようで、違う気がする…。
なんだろ、変だな。
「アオイ、口についてるよ」
むーと考えている間に口元に指が当たったかと思えば、クッキーのかけらをそのまま口の中に入れられる。
驚いて思わず口を閉じてしまうと、唇でグルーシャさんの細長い指を柔らかく挟んでしまった。
「ご、ごめんなさ…」
「いいよ、アオイだけは特別だから」
不意に見せられた優しい笑顔に、どきりと胸が高鳴った。
違和感の正体が分かった。
…あのグルーシャさんがずっと笑っている。
いつもは顔の半分がマフラーで隠れているし、取っていても無表情に近い。
そんな人が、こんなにも笑みを浮かべているなんて…。
珍しいなと思いつつも、なんだか恥ずかしくて目を逸らしながら私はもう少ししたら帰ることを伝えた。
「なんで?来たばっかりだよね。
まだいればいいのに」
「あ、でもさっき天気悪そうだったので、早めに下山した方が…」
「へぇ、ぼくが前に行った忠告を覚えてくれてたんだ。
だけど残念。もう遅いよ」
指差された方を見れば、窓の外は猛吹雪になっていた。
木々が激しく揺れていて風も強い。
こんな状態じゃ、外に出ることなんてできない。
どうしよう。
このままじゃ、グルーシャさんの迷惑になっちゃう。
「あともう一つ大事なこと言ってたけど覚えてないんだね」
「え…?」
「雪山は天気が変わりやすいけど、同じ天候がずっと続く場合も多いんだ。
だから、雪山専用の天気予報アプリをちゃんと見てから来ないとダメだよ。
そうじゃないと、こうして閉じ込められるから」
すっと彼によって肩を触れられ、そのまま力を込められる。
あれなんで私、抱きしめられているの?
急な接近と、いつもとは全然違うグルーシャさんの雰囲気に、混乱が収まらない。
「大寒波による吹雪が止むまで、少なくてもあと三日はあるから、たくさん楽しもう」
「ぐ、グルーシャさ…あの…」
離してと言おうとしたところで、耳元に彼の唇が寄せられる。
「学校で学ばなかった?
いくら仲が良くても無闇に異性の部屋や家に入っちゃダメだって」
アオイは本当に無防備だね…と言葉を落とされた後、視界が反転した。
私から見えるのは白い見知らぬ天井と、捕食者の顔をしたグルーシャさんのみ。
あっと思った時には、全てが遅かった。
終わり