電波は方々道はひとつ、夜はこれから 朝からずっとチェズレイは方々へ電話を掛けている。
電話が終わったかと思えばメールをチェックしたり情報収集したりのためにタブレットを注視していて、モクマはその様子を見ながら昼食のリクエストや掃除の有無を問いかけていたがチェズレイは生返事だった。
昼食を出したさいに晩酌の約束を取り付けはしたものの、この時も会話をしたわけではなく電話中のチェズレイへ食器とメモを差し出しただけだった。それでも晩酌のお誘いのメモを確認するとやわらかく微笑んでうなずいてくれたからモクマの心は踊った。
ようやく一段落ついたチェズレイがすでにソファに座って晩酌を始めているモクマの隣に腰を下ろした。
「終わった?人気者だねえ」
「遅くなってすみません、指示が終わらなくて」
「妬けちまうねえ」
一日こちらをろくに見てもらえなかった不満がぽそりと口から出てしまい、焦る。チェズレイは目を見開いたあと顎に指を添えるいつもの微笑みで詰った。
「おや、おわかりいただけましたか?ふたりきりなのに他者の介入を許しているこの状況…以前のあなたの誕生日と同様です」
「ありゃほんとだ」
「挙句あの日あなたは夢の中でまで隣にいる私を差し置いて虚像の私とお楽しみだったようで」
「ハハ…悪かった…でもなして今日はそんな忙しかったの」
「……明日は、休みでしょう?」
そうだった、とモクマは目を瞠る。
モクマが肝臓を休めるために休肝日を設けたようにチェズレイにも頭を休めるために休暇の日が必要だと思い提案した。
そのために前日が激務になっているのは本末転倒な気がするが、提案を納得し受け入れて、実行しようとしているさまがいじらしく愛おしくあった。何より行動にきちんと理由がついているチェズレイだからこそ、提案を実行する理由がモクマとの時間を大切にするために思えて嬉しかった。それがうぬぼれではなくヴィンウェイでの事件で証明されてしまったからなおのこと。
モクマは休暇を忘れていたわけではないが、一瞬一瞬のチェズレイを見逃せなくて、休暇はその積み重ねの延長上にあるものだったから強く特別なことという意識がなかった。特別というのなら毎日が特別で、天井知らず。同じ道を歩み、持てる力を惜しみなく注ぐことのできるこの道中そのものが特別だった。
他者の介入で自分がチェズレイへの想いを募らせるならば、それはまたチェズレイにとって格別なものとなるだろう。そう考えれば少しの他者の介入もスパイスとして多めに見たい。
チェズレイが飲み始めたグラスに入っているのがただの水だということを確認して提案する。
「仕事終わったんならルークに電話してみたら?最近忙しくて連絡してないでしょ」
「おや、妬いてくださらないので?」
先程モクマが妬いたのがおもしろかったのか、ごまかそうとして他の話題を振っていると思ったのか、チェズレイは弾んだ声で疑問を口にした。
「うーん、障害があるほうが大業って感じで燃えるでしょ?」
「……」
真顔になったあと顔を背けたチェズレイからフ、フ…と声が漏れてくる。耳が赤い。いまだにツボがわからないが不意打ちで喜ばせられているようなのは嬉しい。
「ああ…モクマさァん…ボスを障害などと…しばらく連絡できていないのは確かなので連絡はしますが…しかし都合の良い障害を立てるというならばここは怪盗殿でしょう?学校の様子も気になりますしアラナ嬢へも連絡しましょうか……他にはどこが思いつきますか?」
「えっ…そんなに電話するの……」
「相手からコンタクトがある場合を想定して可能性を潰すのですよ。ふたりの夜にはしばしお待ちいただきますが……」
ふたりきりの夜を最高の形で迎えようとしている相棒に、自分と同じ気持ちを感じ、今この日を迎えていて良かったと、これまでの道中を想って思い出に浸りそうになった。だがしかし、それこそ今のチェズレイを見逃すことになる。思い出話はまた酒のつまみにでも。
とりあえず掛けながら考えてもいいんじゃない?と提案し、そんなに何人も待てるだろうかと思いながら、タブレットに表示されているルークの名前をタップした。