「チェズレイ、おはよ」
「……」
たとえば、何日もかけて、つぎに侵攻する場所の情報を集めた後とか。
たとえば、予想外のトラブルに見舞われて、まる二日タブレットにかじりつきの後とか。
あとは、まあ、今日みたいに、久々のお休みに朝方まで張り切ってしまった後とか……、
呼びかけに応じて、シーツで作ったドーム型の岩戸が開かれて、のそのそ上体だけ起こされて、なんにも纏わぬ輝く白い肌が半分あらわになる。
(あ~あ)
やっぱり予想通り。緑のエプロンを腰に巻いたモクマは見られてないのをいいことを苦笑いする。
チェズレイの完璧なつくりの美貌のなかでも、ひときわ目を引く、宝石のような紫の目。
それが、こういう、お疲れの朝だけ、ほんの時たま……眠りから覚めても尚ひらかれずに、びっしり生えそろったまつ毛が横一本に整列した……シンプルなラインになってくれることがあった。
「ほら、お水。お休みだからさ、ごろごろしててもいいけど。ご飯だけはたべよ、ね?」
「…………ごろごろ、は、しません。このわたしが、そんな、自堕落な……」
先に冷蔵庫から出してすこしぬるくしておいたボトルを差し出すと、受け取りながらひくい声。まだ半分眠りの国にいる感じ、これは多分一日ごろごろ決定だな。故郷での大冒険の後の暖かな国での療養生活は、このワーカホリックぎみの男に『何もしない』の快楽を教えこんでくれたようで、その辺りからチェズレイは、ぴんと張った精神の糸を上手に緩められるようになった。
もちろん、仕事中も普段も完璧なのは同じだし、そういう相棒が好きだけど。大好きなので、当然気の抜けた炭酸みたいな姿だって愛おしくて仕方ない。しかも、こんな姿を晒け出すのは自分の前だけなのを知っているので、尚更……、
この心で躍るのは子どもじみた独占欲。特別への歓び。まったくおれったら、今日も下衆だなあ。
「はいはい。朝ごはんはねえ、おじさん特製パンケーキだよ。おねむの相棒の為に絵も描いちゃう! 何がいい? クマさん? ニンジャジャン? お前の子どもの頃のヒーローでもOK!」
「ヒーロー?」
「うん。あ、調べて出てくるやつでよろしくね」
「ヒーロー……」
いい子に水を呷る相棒をよしよしと眺めつつリクエストを募ると、同じ言葉をぼんやり繰り返したあと、ゆるやかに目が開いていく。
「……では、モクマさんを」
でも、まだ、三日月みたいな、細い幅どまりで。
穏やかに微笑んだチェズレイは、こちらを見て、うたうようなリズムで言った。
「えっ。俺? ヒーローじゃなくていいの?」
「ええ」
「クマさんじゃなくて?」
「しつこい。言っておきますが、私のジャッジは厳しいですからね。私のかわいい相棒の顔が歪みでもしていた日には、やり直させますから」
「ええっ。そん時はそれ食べるのはもちろん……」
「あなたです」
「やっぱし……よおし、おじさん頑張っちゃう!」
「はい、その意気です。ではいってらっしゃい」
「は~い!」
*
「……」
さんさんと、レースカーテンから陽が差し込む。
というか、差し込んでない。太陽はすっかり真上に鎮座して、今が相棒がしびれを切らすほどの昼日中であることは容易に想像できた。
静かになったベッドの上で、チェズレイはひとり、はあ~~、とため息をついて顔を覆った。
「腑抜けている……」
起こされるまで、起きなかったのも。
起きてなお、なかなか覚醒しなかったのも。
夢見心地で、ヒーローについて尋ねられて、うっかりと相棒の名前を口にしてしまったのも。
たぶん、あれ、気付かれている。きっと今頃ご機嫌だろう。階下のキッチンに降りていく足音がめちゃくちゃ弾んでいたのがその証左だ。下衆め、いっそ指摘して、笑ってくれたらよかったのに。いや、実際されたら絶対怒っているけども……。
「はあ……」
ぽすん、と、ひろいベッドの海に身を投げる。動揺して目が覚めるかと思ったけど、まだ眠い。だってゆうべは、なかなか手離せなかったから。……ま、それはお互い様だけど。
堕落している。一日ゴロゴロとベッドの住人になる自分を、モクマはきっと嬉しそうに見つめて、甲斐甲斐しく世話してくれるのだろう。
瞼を閉じる。俺も寝ちゃおうかなとか言いながら、同じベッドに潜り込んでくる相棒の身体を、頭と枕の上に描き起こしてぎゅっと抱きしめる。
その空想ときたら、シロップたっぷりのパンケーキのように魅力的な甘ったるさで、
さらに驚くことには、この夢を現実にすることが、今のチェズレイにはできるのだ。
おしまい