無題 璃月での葬儀は全て往生堂が取り仕切っている。老若男女問わず。璃月人であろうとなかろうと、岩王帝君の膝元で亡くなれば魂が迷子にならぬよう葬儀が必ず行われる。生と死の境界線を伝えることは両者の世界にとって大事なことだと往生堂は代々説いてきた。死んだことすら知らず、さまよい続けるのはなんと哀しいことだろう。
胡家の家訓の一つに「愛と尊敬を持って接せよ。これは彼らの最期の晴れ舞台である」とある。往生堂の建物よりも古いとされるこの家訓は心の支え、商売の売り文句、厳しい教訓などと、姿を変えながら代々受け継がれてきた。今では大広間に飾られている。
一つは三代目堂主が名のある書道家に書かせた骨董品として。もう一つは読みやすい簡易文字に変換された社訓としてだ。往生堂で働く者は毎日その墨汁で形作られた言葉を目にする。
終幕を彩り、見届け、橋渡しとなる役目を往生堂は担ってきた。
そう。たとえ身元が不明だとしても。
「堂主、このお身体は……」
「うん。私も疑問に思ってたんだー」
堂主と呼ばれた茶色の帽子を被った少女の声はこの場には似つかわしくないほど明るい。だが、千岩軍が夜の間に運び入れ往生堂に任せた "人" を見つめる視線には好奇ではなく、愛と尊敬で満ちている。
「"また" だね」
やはり、と化粧係たちの不安そうな声があがる。「恐ろしい」と口々に言うのを少女は帽子のつばにやっていた手で制した。
「旅人を呼ぼう」
◆
春のような喧騒がいつだってこの港には息づいてる。
豊満な輝く海を抱えた漁港は栄え、石造りの路を足速に行く者たち。皆が一様に成すべきことをなすために、歩を進めている。
生を感じるのだ。そう旅人は璃月港に訪れた今、再確認していた。
ぎょうこうたちに顔を見せるため、群玉閣まで昇ると久しい顔ぶれが並んでいた。
「旅人じゃない!」
「旅人さん、こんにちは」
「層岩巨淵が再開したことで、目を通して検討すべき案件が増えたことくらいかしらね」
★もうちょっとここら辺、雑談してください
★香菱のところに行くけど、昼すぎの一番人が多い時間帯で席が空いてなかった。香菱も忙しそうということで、漁港の方で焼き魚でも買おうか、という話をパイモンとする。
「旅人さん、ちょうどいいところに来てくださいました」
「うっ、キャサリンがそう言うってことはまた何か特別な依頼があるってことだよな。ぎょうこうたちの言ってた通りだぜ」
「はい、その通りです。話が早くて助かります」
「オイラたちは、いい意味でも悪い意味でもベテラン冒険者ってことだな」
「今回は往生堂からの依頼となります。依頼の詳細は依頼主である胡桃さんから聞いてください」
「往生堂? なんだか意外な依頼主だぞ」
「もしかしたら、儀式でつかう特別な何かが足りないとかかもしれないね」
「さっそく胡桃のところへ行ってみようぜ!」
じゃあなキャサリン、とパイモンと蛍は璃月の受付係の元を離れる。2人の挨拶に応えるようにキャサリンは胸に手を当てた。そして日々繰り返される動きと声がけで2人を見送った。
「星と深淵を目指せ!」
・・・
「旅人は、おっそろしく怖い話とか。ちょっとうげぇ! ってなるような話に抵抗ある? ない?」
胡桃はずずいと蛍の目前に寄り、肩をつかむと質問した。
「うーん、特に抵抗はないかなあ」
「おっ、オイラはおっっそろしく怖い話は嫌だぞぉぉ!!」
「そうだ! 怖い話といえば、層岩巨淵が公的にも開発再開する少し前にね、鍾離さんが消えたの。あー、消えたって言っても長い間とか誘拐されたー! とかって話じゃなくて、ある日の講話と講話の間。ほんの10分くらいの間に鍾離さんが忽然といなくなってね。お手洗いとか屋根裏まで探しに行ったんだけど、見つからなくてさ。おっかしーな、と思って漁港まで足を伸ばしに行こうとしたら三杯酔の方からふらっと帰ってきたんだよ! どう、怖かった?」
表情を変えずに淡々と話す胡桃。パイモンはヒィヒィ言いながらすっかり引き腰になっていた。掴まれたマフラーが蛍の首をゆるりと絞める。
「……鍾離先生のことだもん、何か興味を惹かれてふらっと出かけたんじゃない、かなあ?」
蛍は鍾離の正体を知っている一面、当たり障りのない言い方をした。
「ふーん。そうかなあ。ふふっ、今度姿を消した時には、どこへ行ったか突き止めなきゃ!」
「あはは、はは……」
「胡桃に追いかけられると、なんだか怖いんだぞ……」
胡桃が意気込む様子に「大変だな」と蛍はかの人の迫る未来に思いを馳せた。「契約がただ終わったにすぎない」と璃月港を一望しながらつぶやいた涼しい横顔を思い出す。かの人は、長い時と観察を経て、値することが確認できたから全ての契約を終わらせることを決めたのだろうか。
「本題に入ろう」
一拍おいて胡桃が話し出す。いつの間にか取り出した紙の資料を机の上に広げると、蝋燭がゆらぐ。部屋がわずかに暗くなった気がした。
「実は最近、変死体が璃月で見つかっていてね。その調査を、旅人。あなたにしてほしいの」
「ヘンシ、タイ?」
・・・
「私が持ってる情報は以上だよ。せんがんぐんはまだ知らないことなんだけど、胸部が切り開かれてる。それだけならまだ趣味の悪いヤツがいたなで終わってたけど、もう何人も……。これは、異常だよ」
とんとん。黒い胡桃の指が示す先にはフォンテーヌ製の写真機が時を止めて写しとった人の姿がある。角度を変えていくつも撮られているが、笑みも感動もそこには一切なかった。
弔うように離れていく胡桃の指。そのまま色がはげてしまった爪の表面を何度もさすった。
「まずは発見者であるせんがんぐんに発見当時の様子を聞くといいかも。あー、鍾離さんと一緒に」
「……胡桃とじゃなくて?」
「なんでだ!? こんなおっかないことが起きてるんだぞ! 胡桃の専門性も必要だ!」
こんな時だからこそだよ、とパイモンをなだめるように落ち着いた声で胡桃が答える。
「望まない形での繁忙。私と鍾離さん、どちらも欠けたら今は困るの」
なにー? 私と調査したかった? と嬉々として聞いてくる胡桃のからかいに蛍はジト目で止めるように訴えかけた。
「ほらほら、さっさと鍾離さんのところへ行ってきて。事態は一刻を争うかもしれない」
「なんでだ?」
ようやく蛍のスカーフから手を離したパイモンが小首を傾げると、胡桃はさっきまで楽しそうにころころ変えていた表情をすとんと落とした。
コゲ茶色の帽子のつばをひと撫ですると、こわばったような声で告げた。
「この犯人。手際が良くなってきてる」
◆
無自覚は時に無垢にも、刃物にもなり得る。
——出所不詳
★犯人は自分で止められない。
★パイモンどこに行ったんだ
ご飯中に話し始めて、気分悪くなってそこらへん散歩してくるって流れにするとか?
★ご飯食べながらの描写をする
「犯人は己の行いに対してどうも罪悪感があるらしいな」
「罪悪感……」
「発見したせんがんぐんの××が言っていただろう。瞼は閉じられており、髪には櫛がかけられていたと。それは罪悪感の現れだ」
講談師然と台本でもあるかのようにすらすらと鍾離は己の推測を蛍に聞かせる。確信のある言い方に蛍は素直な疑問をぶつけた。
男の箸が <料理を決めること> を持ち上げると、小皿に運び込む。
「どうしてそう思うの?」
「俺なら殺した相手の瞼をわざわざ閉じたり、髪を梳かしたりはしない」
「…………」予想外の返答に唖然とした蛍は持ち上げた春巻きを食べ損ねてしまった。「……? 今の人間はするのか?」「しないと思うよ!」どう解釈したらそうなるのか、と蛍はパリパリの春巻き(落とした衝動で少し欠けている)そっちのけで頭を抱えたくなった。いかんせんこの男は魔神なのだ。
「殺すことが目的ではなかった……」
「その可能性が高い」
「そういえば、胡桃やせんがんぐんの人は、不思議な匂いがするって……!」
「うむ、俺も同じことが気になっていた。まずはそこから当たってみるのがいいだろう」
「とはいえ、この俺でも嗅いだことのない匂いだった」
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