ようやく温く湿った汗を滲ませる雨ではなく涼しい空気を運ぶような季節の移り変わりを感じさせる雨が降るようになってきた。
静かに長く降り続ける雨はあの夜を思い出すようで。しかしあの線香花火のような静謐で一瞬の煌めきを楽しむような余裕はなかったが。それでも四十余年生きた中で人生の半分に満たないとしても、喪う間際の走馬灯にしては勿体ないくらいの宵だった。
冗談交じりに求めて続けていた煙草を咥え、有害な煙を吸い込み、吐き出すと同時に名前を呼ぶ。
「暁人」
たった四年程前までは何の意味もない、キラキラネームでもシワシワネームでもない、普通の男の名前だと認識する程度のものだった。それがたった一晩で下手をしたら妻子よりも呼びかけた。喜怒哀楽様々な感情を乗せて。そして最期は別れの言葉を己なりに告げたつもりだった。
1831