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    8kawa_8

    @8kawa_8

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    8kawa_8

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    フィガレノです。リクエストいただいた内容に沿ったものに……なれているのかは不明です。

    #フィガレノ
    figareno.

    【フィガレノ】隣立つ微熱の行方 ああ、さむい、さむい。
     そんな戯言を繰り返し、ぴとりと肌を寄せる男を前にして。レノックスは対応に困っていた。
     レノックスの体躯を前にすれば〝自分よりは小さい〟には分類されるが、それでも一般的な分類でいえば彼もそれなりの大男だ。おまけに、北の国出身の大魔法使いでもある。苛烈な自然と止まない雪、果てしない銀世界の大地に愛された男が、南の国如きの雪で、何を言っているのだろうかと。要するに白けた視線を向けるべきか、この茶番に付き合うべきであるのか、どうにも華々しくもない光景やシチュエーションを前に、レノックスは迷っていたのだ。
    「きみ、今俺に呆れているだろう」
    「バレてしまいましたか」
    「俺の独り言に、黙って視線だけ向けている時はだいたいそうだ。いいかい、今の俺は南の国のか弱い魔法使いのお医者様なんだから。北の気候に慣れているから平気だなんて、そういう空気は出しちゃいけないんだよ」
     だから付き合って、と。言外にフィガロはそう続ける。かつては魔法を使って温度管理をすればいいのにと小言を紡いでいた口は、はぁ、と白く湿った息を手のひらに零している最中だった。鼻筋を赤くしながら目を細めるその姿は。確かに、寒さに堪える一端の人間の擬態としては上出来だ。
    「レノは温かいね。筋肉のおかげかな」
    「基礎代謝の関係か、たしかに体温は高い方ではありますね。……しかし、その。演技は、ずっと続ける気なんでしょうか」
    「そのつもりだけど、どうして?」
    「……これは単に、客観的な事実であって。あなたへの悪口の類ではありませんが」
     南の国の一般的な三十代男性は、そこまで寒がりませんよと。北とは違う過酷な環境で、しかし逞しく生きている人々の姿を思い描きながら、レノックスは告げる。おまけに「そうと寒がるのは足腰を痛めて筋力の衰えた老人たちが主流です」とも付け加えた。
     フィガロ・ガルシア。自称三十二歳の南の医者――後に十数年もの間、三十二歳を名乗ったまま、フローレス兄弟の世話を焼くことになる――は口元をひくりと震わせる。
    「つまり、俺がご老体だと言いたいわけ」
    「だからあなたへの悪口の類ではないと、申し上げたのに……」
     単に個性ということで、いいんじゃないでしょうか。
     難を逃れるように、狂言にも満たない出まかせを口にする。こうした瞬発力は、良いのか悪いのかレノックスには分からなかったが。南の国に定着して、つまりはフィガロと言葉を交わすうちに、自然の身についた能力であった。個性という言葉に「うん」とフィガロは頷いた。どうやら、流される気持ちになったらしい。「ちょっと寒がりで愛嬌のある、非力で虚弱体質のお医者さん。この設定でいこう」と笑う姿を前に、レノックスは「お好きに、どうぞ」と返すに留めた。

     * * * * * *

     はあ、あつい、あつい。
     そんな戯言を繰り返し、ぴとりと肌を寄せる男がいる。
     雪景色を前に、温かいと口にしていた言葉と動作を思い出した。暑苦しいのではないかと、赤らんだ白い肌を見下ろしながら。レノックスはやはり対応に困っていた。
    「いいかい、レノ。今のきみは日除けなんだ」
     強烈な日差しを遮る長身を、フィガロはそうだと断言した。だからおまえの傍は涼しいのだと、そう主張をしたいのだろう。
    「きみは暑さに強いんだね。汗ばんだ肌は湿っていて余計に暑苦しいけど。レノの肌は、さらっとしているから。外気より、幾分か涼しく感じる」
    「そういうものなんですかね……」
    「そういうものなんだよ」
     疑わないでと、強制力を含ませたような物言いだ。レノックスはわざわざそこに食いつく必要もないなと判断し、フィガロの言葉を受け流した。
    「寒さも身体機能を低下させるけど。暑さは、人の身体を内側から壊していってしまう。程度にもよるかもしれないけれども、極寒と灼熱なら、極寒の方がずっと人類の打つ手は多い。防寒具は数あれど避暑の手段は少ないからね、その分、灼熱を苦手とする者も多いだろう」
    「つまり?」
    「若い子だって、きっと、この暑さには参るものだよね?」
     気にしていたんですねと、いつかの老体への言及を思い出した。あれは再三繰り返した通りに、別に悪口のつもりではなかったのだが。フィガロはレノックスの予想よりも随分と気にして、もとい、根に持っていたようだ。
    「……そうですね」
    「まって。おまえ、また若いやつならこうだとか、ああだとか、好き勝手言うつもりだろう。おまえとは身体の作りが違うんだ」
    「そのつもりはありませんが……。強いて言うなら。フィガロ様は、汗をかかれた方がよろしいかと」
     フィガロが指摘した通り、レノックスは少ない魔力の身でありながら、その体一つで世界中をさすらった身だ。魔法を使わずに極寒の猛吹雪を、あるいは灼熱の砂漠を、半日でも歩き続ける術を知っている。
     対してフィガロはそうした経験に浅い、生粋の魔法使いだ。そんな彼が熱を逃す魔法を最低限にしか使わず、しかし汗ばんだ様子もなく立っている様を見れば、心配にもなるものだ。必要以上の熱を身体に溜め込んでいたっておかしくはない。
    「水筒です、どうぞ。一度にたくさん飲むより、こまめに少量ずつがおすすめですよ」
    「ありがとう、気が利くね」
     夏場の暑い季節になったら、体温調節が苦手になった老人の家を一軒一軒周っては、水を勧めていたんです。とは、流石に言わない方が良いだろうとレノックスにも分かっている。ご機嫌な男の姿を横目に見ながら薄く微笑み、嵩が減ってから返された水筒に、同じように口を付ける。
    「あ、間接キスだ」
     そう笑われたが、今更、恥じるような仲でもなかった。

     * * * * * *

     うう、寒い、寒い。
     季節が何巡かしているうちに、賢者の魔法使いに選ばれた。南のか弱いお医者さんとしての演技もいつの間にやら板について、若い魔法使いたちには疑われることなく、年かさのある魔法使いたちには気味悪がられながらも、フィガロの道化は徹底されて打ち崩されないままであった。
     中央の国の気候は、南と比べれば随分と穏やかだ。雪は降るが、山でもない限り子どもたちが心行くまで遊べるほどには積もらない。夏も暑いが、砂漠地帯でもない限り体温を上回るような温度にまで気温が上昇することもない。そうした世界の中で、フィガロは南の国と同じような文句を口にして、レノックスに身体を預けようとする。
     だがその前に、逞しい巨体が僅かに身を引いて、フィガロの甘えを拒絶した。
    「……きみにとって、ここの気候は暑すぎた?」
    「いいえ、普通に寒いとは思いますよ」
     じゃあどうして避けたのか。フィガロはすぐにそう言及した。魔法舎近辺が寒くなり始めたのは、今日から突然というわけでもない。まさに昨日も同じやりとりをして、その時のレノックスは大人しくフィガロに身体を貸していたのだ。
     ばつがわるそうにレノックスの目が泳ぐ。だからといってこの男は、話題を変えて誤魔化せるだけの機転が利くわけでもなかった。観念したように吐き出した息は、わずかに白く霞んでいる。
    「賢者様が、寒がっていらっしゃったので。それでしたらと、フィガロ様にするように距離を詰めてみたんです」
    「……驚かれた?」
    「ええ、それはもう。驚かれて、気恥ずかしいと仰っていて。意外とスキンシップが得意なんですね、と、零されていました。出身が中央の国なので、もしかしたら距離が近しいことに鈍感なのかもしれないと、謝罪したんですが……」
     言葉が一旦途切れ、赤い眼がじとりとフィガロの姿を捉えていく。騙した覚えはなかったし、実際にそうしたわけでもなかったので、非難の眼差しというほどの悪意はなかったが。物を申したくてたまらないと、その双眸は寡黙な男の唇よりも雄弁に輝いている
    「してやられたと思いましたよ。あなたに、随分と甘えられていたなと」
    「だから元の距離感に戻りたいって? ……それは困るなぁ」
     折角、ここまで詰めたのに。
     外の空気よりも涼やかな目が、シュガーのような不思議な形をした甘やかな虹彩が、レノックスの炎の色の瞳を貫いた。
     しかしフィガロが予想するよりも早く、レノックスの表情が柔らかく綻ぶ。
    「良かった。俺も、困るところでしたから」
     距離を取ろうとした身で、何を言うものなのか。フィガロが怪訝に顔を顰める間も、レノックスは言葉を紡ぎつづけていた。
    「隙間風がこんなに冷たいことを、久しく、忘れていたみたいです」
     あたたかいですねと、穏やかな声がフィガロに寄り添う。
     どう言いくるめてやろうかと思考していた脳も、よく回るように備えていた舌先も、毒気の無い声を前にその動かし方を忘れてしまって。「ああ、うん」とどうにもしまらない生返事だけが、フィガロの喉元を通っていった。



     
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