Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    hirata_cya

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 13

    hirata_cya

    ☆quiet follow

    ビマヨダ⚽パロ。

    #ビマヨダ

    栄光の手 眼球が残ったのは奇跡だった。
     これが形成手術を終えて叩き起こされ二番目に言われた言葉である。ちなみに開口一番は熊にでも襲われたのかと思いました、だ。
     とどのつまり顔面の皮が裂かれて肉が抉れているのだから、そこに大した違いは無いだろう。結果を生み出したのが鋭い爪のついた獣の五指か、芝生を踏みしめて駆けるための靴のスパイクかというだけで。
     というようなことを上手く回らぬ舌で回答したら、医者は微笑んで所見ありとカルテに記した上で看護師に指示して腕に繋がった点滴から鎮静剤を落としてきた。わし様が王座にまします皇帝の如くあまりに落ち着き払っていたから、却って異常を疑ったのかもしれない。余計なお世話というものだ。
     次に目を覚ました時には、瞼を真っ赤に腫らし食い締めすぎて唇に傷を作った妹の顔を見上げていた。可憐な唇から放たれた第一声はこの馬鹿兄貴である。大怪我をした兄への労りと尊敬がちっとも足りていない。
     折角なので鎮静剤を落とされたことについて文句を言えば、あまり喋ると傷に良くないのに兄さんが黙らないからでしょうと、泣きながら怒るという器用なことをされた。何でも出血が多すぎて病院の保存血では足りず、血液センターに発注しても間に合わず弟たちから血の提供を受けてなんとかなったらしい。わし様の意識が無いうちにそんなことになっていたとは。意識が無かったから実感もないが。弟たちには後で何か褒美をやらねばならないだろう。
     一頻り怒ってから妹が呼びに行った医者は、命には別状はないと良い報せを告げた。ならばこの世界への損失はわし様の麗しい顔がしばらく腫れてしまうことだけだな! と動かしにくい口で高らかに笑うと、再び鎮静剤を落とされた。相変わらず人の話を聞かぬ医者である。お前も止めんかドゥフシャラー。
     顔の腫れが落ち着いてからは、次々と見舞いが訪れた。家族。チームメイト。心の友たち。面会時間中の病室には贈り物と人影が絶えなかった。
     アシュヴァッターマンだけはずいぶん遅れて顔を見せ、力なく項垂れながら謝罪してきた。たとえゴリラを全力で殴ろうが相手チームのどいつかの骨を折ろうがわし様は細かいことは言わんというのに、まったく律儀な奴だった。
     驚くべき回復力です、これなら顔はほとんど傷も分からないくらいに治るでしょう。と医者からお墨付きを受けたことを語って聞かせてやるが、赤い髪の美丈夫は顔を益々顰めて終いにぼろぼろ泣き出した。
    「顔は、だろ、旦那」
    「わし様の麗しい顔がほぼ元通りになるのだぞ? もっと嬉しそうな顔をせんかい」
    「だってよ旦那、あんたの、脚は!!」
     命が危なくなるほど出血したのは顔の傷からではない。
     あの日、あの瞬間。ロスタイムの終了まであと2分。守りきれば引き分けの試合。
     相手チームのフォワードがゴールへ弾丸のように突っ込んできた。そこへ狙いすましたというには若干ブレながら飛んできたボール。アシュヴァッターマンが足を伸ばして奪おうとしたため、蹴る側の目論見がずれたのだろう。
     蹴るにはあまりに高すぎる。それをなおヘディングでゴールへ押し込もうと機敏に跳ねた巨体。ボールとフォワードの間に自ら身体を入れて進撃を止めるべく飛び上がったそのとき、思い切り腿を蹴り抜かれた。
     悪いことに相手は人類試験があるなら申請段階ではねられるであろう筋肉ゴリラだった。肉を抉られるのみならず骨まで砕けたような、というより実際そうだったのであろうゴキ、という厭な音が宙に浮いた自分の体からした。相手の拳がボールをゴールへ押し込んだ。
     体勢を崩して縺れ芝生の上へ倒れ込み、その拍子に顔面を靴裏が抉っていった。
     歓声。怒号。悲鳴。
     真っ赤に染まる前の視界、覚えているのは、呆然と此方を見下ろす整った顔立ち、発光しているかのような薄い紫の瞳。
     眼球が残ったのは奇跡と言われたような惨状の割には、顔はきれいに治ると言われた。腕の良い形成外科医がいた事と、わし様の回復力が図抜けていたらしい。これほど生き汚い人間は滅多に居ないと褒められているのか貶されているのかよくわからない言い回しで首を傾げられたほどだ。
     しかし。蹴り砕かれた左脚は切断こそ免れたものの、どれだけリハビリをしたとしても歩けるようになるかどうかというところで、元の機能はとうてい望めないと早い段階で宣告されていた。
     はは、と思ったよりも乾いた笑いが漏れる。
    「脚がどうした、生きているならどうにでもなろう。だから泣くな、アシュヴァッターマン」
     生きているならどうにでもなる。
     なりはするが、おそらくもう二度と選手としてフィールドを駆けることはできない。サッカーは間に休憩を挟んで45分と45分、合計90分走り続けられなければ話にならない持久力のスポーツだ。この一度完全に壊れた腿ではどうにもならぬだろう。
     泣くことは友の手前堪えながら、目を閉じる。あの、こんなはずではなかった、とでも言いたげな呆然とした顔を思い描く。
     強くて正しくて格好良い。ジュニアの頃からずっと切磋琢磨してきた相手。強いくせに真面目にやるなど恥ずかしくないのかと罵りながらも、手を抜かれたらそれはそれでかんかんに怒って殴り込みに行って。殴り合いの喧嘩になったことも数知れず。
     プロになり、別のチームに所属してからも何かと張り合い、ライバルとして扱われてきた相手。
    「ずいぶん抗議した。でもよ、あいつのあのゴールは認定されちまって…………」
     アシュヴァッターマンが涙声で告げる。
    「そうか」
     最後の試合は、俺の負けだったのか。
     窓から外を眺める。病院のロータリーにあるベンチで、紫の長い髪を携えたでかい図体が力なく肩を丸めていた。
     ばーか。ゴリラが人の病院に出入りするでない。動物病院に帰れ。
     そんなやりとりをするまでもなく、病室に近づく前に弟たちによって追い返されているのだというその遠い姿を眺めて、拳を握り締める。
     ぐう、と。栄養学としては完璧だが味気と量は望むべくもない病院食しか食べていない腹がすべからく不満を訴える。
    「まあよい、これからどうするかはゆっくり考えるとするからな、どうせ死ぬほど暇なのだ。お前もつきあえ、アシュヴァッターマン」
     人生は続く。一生の仕事と考えていた、天職だと自他ともに認めていた道が突如閉ざされても、身体は腹を空かせて生きたがる。
     けれども。
     選手としてのドゥリーヨダナの生命は。
     間違いなく、あの日あのフィールドで。ビーマの栄光の手によって絶たれたのだ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💜💜💜😭💜
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works