三寒四温ようやく春めいてきたが、暖かくなったと思った次の日には寒の戻りで気温差が嫌になる。
三寒四温とはよく言ったものだ。
冷え込む今日は鍋にしようと、買い込んだ食材たちでガサガサ音を立てる袋を手に、先生の家へ急いだ。
なるべく大きな音をたてないようにしながら部屋へ入ると、たくさんの猫たちとともに、一松先生がひょっこり顔を出した。
「先生、起きてらしたんですか」
「うん」
アーオナーオと鳴いている猫たちを踏まないように気を付けながら、台所に入る。
寒さの残る指先にハァと息を吹きかければ、先生がのそりと近づいてきた。
「あ、先生待って」
「え?」
急いで洗面所に向かい、手洗いうがいをして戻ると、先生は少し傷ついたような表情をしていた。
「おれそんなに汚いかな……」
あれなんか誤解されてる? オレは慌てて先生に近づいた。
「違うって! 先生は外出しないから、免疫力あまり無いだろ? もし何かうつしたりしたらいけないと思って……」
「言い訳はいいよ」
「ほんとに違うって!」
誤解は早めに解きたい。オレは思い切って先生をぎゅっと抱きしめた。
猫のにおいに混じって、先生のにおいがして心臓のあたりがポカポカする。
「え、ちょ、カラ松!」
「近づきたくなかったわけじゃないんだ。本当に、先生になにかあったらオレ……」
「わか、分かったから! ちょ、離れて!」
間近で見る先生は耳や首まで真っ赤になっていた。
くっついた胸の鼓動が早い。
しぶしぶ離れると、先生はあからさまにホッと息をついた。
先生とオレは、先日からいわゆる恋人同士になった。
まだちょっとくっついたりするくらいの仲だけど、ハグは早かったかもしれない。
先生は奥手だからな。仕方ない。
「先生、今日は鍋にしたけど良かったよな?」
「うん」
「すぐ準備するから待っててくれ」
「……ん」
どこか座って待っててくれ、のつもりだったのだが、先生は鍋を取り出したり食材を切ったり準備を進めるオレの後ろを、邪魔にならないよう距離をとりつつうろうろしている。
なんだか猫みたいで少しおかしく、いとおしい。
「さあできたぜ! 今日は豚しょうが鍋だ!!」
テーブルの上にのせて大仰に蓋をとれば、湯気と共にいい感じにくたくたになった野菜と豚肉と生姜のいい香りがする。
取り皿によそおうとすると、先生が止めた。
「自分でやれるし、お前も一緒に食べるでしょ」
「はい、いただきます」
オレも先生も似たような家庭環境で育ったようで、食事中は必要な時以外口を開かない。
それでも、鍋の中身を美味そうに、嬉しそうに食べていく先生の表情が雄弁に感情を伝えてきて、オレもうれしかった。
「――ごちそうさまでした」
パンと両手を合わせ、先生は満足そうだ。
きれいに無くなった鍋に、今日の味付けは先生の好み、と心の中にメモする。
あとは皿を洗えば、仕事は終わりだ。
食器を片付けるオレの後ろを、先生がまたもうろうろしている。
皿を拭き終えると、意を決したように「あのさぁ」と声をかけられた。
「――明日、休み? なんか予定ある?」
「休みだけど、特に予定は無いな」
「じゃあ、あの……今日、泊まってかない?」
「……は?」
突然のお誘いに、ぽかんとしてしまった。
先生から言ってくるなんて思わなかったからだが、卑屈なところのある先生は違う意味に取ったらしい。
「別に、いやなら無理にとは言わないけど……休みの日までおれの顔見たくないとかあるなら別に……」
「そんなわけないだろ、恋人なのに」
反射的に答えると、先生はフヒッと口元をゆるませた。
「じゃあ、いいよね」
「お言葉に甘えてよければ」
「あと、今からもう仕事関係ないから、名前で呼んで」
「じゃあ……いちまつ?」
「ん」
先生改め一松は満足そうに頷くと、水仕事を終えたばかりのオレの手をきゅっと握ってきた。
手は前にもつないだことがある。あの時の先生もかわいかったなぁと思い出していると、ふいにニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「――恋人だからすること、いっぱいしようね」
「えっ」
何をする気なんだ?
心臓が痛いくらいドキドキして、緊張からうつむいてしまう。手を放してほしいけれど、指をからめるように繋ぎなおされて振りほどけなくなった。
「かわいいね。首まで赤いけど、何想像したの?」
からかう様な声に、ますます顔があげられない。
あれ、先生は、奥手……なんだよな?