Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    flor_feny

    @flor_feny

    ☿ジェターク兄弟(グエラウ)の話を上げていく予定です

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji ❤ 💜 👍 😍
    POIPOI 22

    flor_feny

    ☆quiet follow

    グエラウ Route extra 4年後以降、地球の工場視察後に海を眺めに行く兄さんとラくんの話

    #グエラウ
    guelau

    Route extra 朝から工場の視察続きで疲れたから、寄り道しないで早くホテルに戻りたい。そう訴えて最後まで運転席で渋っていたラウダの手を取って、半ば強引に砂浜まで連れ出した。
     一歩踏み出す毎に、素足の裏に、昼間の日差しを蓄えた砂の温度を感じる。ビーチサンダルという水辺御用達のアイテムはこの車には積んでいない。今あるのは私服用のスニーカーとローファー、スーツに合わせた革靴だけだ。帰りの道中、窓越しに海岸線沿いの景色に魅せられた俺が、唐突に海を見ようと言い出したのだから当然だ。
    「わっ」
     ラウダが驚いて右足を大きく上げる。足元には緑色のガラス片が転がっていた。よく見ると角がとれて丸くなっている。いわゆるシーグラスというやつだろうか。
     足の指に打ち寄せた白い波が触れた。秋にさしかかった時分の海は冷たいかもしれないと少し身構えていたが、指先に触れた海水は想像よりも随分温かかった。

     視界を上下真っ二つに分離する水平線。下半分は、瞬くように水面を輝かせながら、遥か遠くで黄金色に輝く夕日を半分以上飲み込んでいる。上半分は、西の空一帯の暖色と天頂を覆う青色が混ざり合い、なめらかな中間色のグラデーションを作っている。
     フロントの天井パネルに投影される人工の景色よりもずっと複雑で、ずっとずっと高く遠くまで見渡せる。地球が球体であるならば水平線がかすかに弧を描いていてもいいように思えるが、この地点から見る限りでは端から端までたわむことのないまっすぐな直線しか見えなかった。
    「綺麗だけど、この潮の臭い、生臭くて僕は苦手だ」
     海に来て、真っ先に出てくる感想がそれか。感慨よりも不満が勝る弟の率直な意見に苦笑してしまう。
     ラウダは鼻が効く。その分、強すぎる直接的な香りをあまり好まない。一時はデータストーム障害の神経疾患のため嗅覚も味覚も失われてしまっていたが、今は回復してほぼ元通りの感度まで戻っている。
    「俺もあまりこの臭いは得意ではないな」
    「ちょっとクセがあるよね」
    「海の近くに長く住んでいたら気にならないのかもしれんな」
     きっとこれは、海に住まう生き物達の臭いだ。その恵みを受け取りながら生きる人々にとっては、ありふれた生活の一部に過ぎないのだろう。フロント生活ではまず縁のない潮の香りは、生態系の乏しい宇宙で暮らす人間にはいささか刺激が強いように思う。
    「臭いは確かに特徴的だが、この眺めは捨てがたいな」
     寄せては返す波をもっと近くで見ようと、腰を屈めた。水に近づいたことで嗅覚が受け取る海の臭いがより濃くなる。沈みかけの太陽が鋭く瞳を刺してきて、サングラスをダッシュボードに置いてきたことを少しだけ後悔した。
     空気を含んで白くなった波は、数メートル海側に行っただけで、砂浜と光の屈折の関係で緑色から深い青色へと色を変える。真っ白な砂浜を有する著名な観光地と比べたら、この光景は見劣りするものなのかもしれない。それでも乱反射する黄金色と混ざった海は、動画で目にしたことのあるどの海よりも美しく、そして生々しく見えた。
    「ラウダ。せっかくここまで来たんだから、少し入ってみないか」
     右隣に立つラウダを見上げて、提案する。こっちを向いたラウダはゆるやかに目を細めて「兄さんならそう言うと思った」と眉を下げて笑う。
     潮風に吹かれて乱れた前髪を手櫛で軽く直し、ボトムスの裾の生地を丁寧に折り返しながら「日が沈むまでなら」と俺に念押しした。
     うなずいて、俺は再び立ち上がる。裾を手早く捲ってふくらはぎの上までたくし上げた。



     足首の上あたりまで水に浸かっていたが、時々少し大きめの波がぶつかってきて、膝下まで水飛沫が飛んだ。途切れることなく延々と続く波音に耳を澄ませる。特に言葉を交わすことなく、ただ二人で水平線の向こうに消えていく夕日を見送っていた。
     そのうち太陽の頂点が完全に海に隠れて見えなくなった。名残りのような放射が雲を赤く染めている。頭上に視線を投げると、青色だった空はいつの間にか紺色へと移り変わっていた。グラデーションに含まれていた暖色が減っていて、昼の終わりと夜の訪れを実感する。
     そろそろ車に戻ろうかと、ラウダへ目を向けた。弟はわずかに目を伏せて、黄金色の光の消えた暗い波をじっと見つめている。その横顔は静謐なのに、何故かラウダの瞳が宿している光まで失われてしまったように見えて、急に胸の奥がざわついた。
     ――身長差は学生の頃と変わらぬまま、あの頃より顕著に筋肉と体重の落ちた弟の体。個人差が大きいと言われるデータストーム耐性だが、ラウダは決して体質的に強い方ではなかった。様々な後遺症を治療し乗り越えてきたが、四年以上経った今でも、最低限のトレーニングを欠かすとすぐに体力が落ちてしまう。各種検査の数値には現れない体感の話ではあるが、他ならぬラウダ本人がそう語っている。
     折り返したボトムスの裾から覗く二本の脚は、際立って細く見える。病的とまではいかずとも、最も体力のあった時期を間近で見てきた人間からすると、どうしても儚げに見えてならなかった。
    「ラウダ」
     呼びかけると美しい琥珀色の双眼が俺に向けられる。その瞳に映っているのは紛れもなく俺のはずなのに、何故か焦りに似た感情が湧き上がってくる。
     今のラウダは抱きしめると細く、持ち上げれば軽い。こうして夜の入り口に二人で立っていると、自分を残して、弟だけが黒い波に飲まれて攫われてしまうんじゃないか――そんな妄想に思考を支配されて、苦しくてたまらなくなる。
     頭の中で膨らんだ不安を否定したくて、とっさにラウダの左手を強く握りしめた。
     流されて消えないように、自分の下からいなくならないように。弟の体と心を、存在そのものを、自分に繋ぎ留めておきたくなる。
    「――兄さん」
     さざめく波音に掻き消されてしまいそうな、小さな言葉。だけどしっとりと落ち着いて、穏やかな、俺を呼ぶ声。
    「僕一人でどこかに行ったりなんてしないから……心配しないで」
     ラウダはあたかも俺の頭の中を見透かしたように告げて、やわらかく微笑む。
    「大丈夫だから」
     どこかあやすような声色と眼差しに、抑えていたものが胸の奥から次々と溢れかえってくる。鼻の奥がツンと痛くなって、ああまずいなと他人事のように思った。
     潤みはじめた視界をごまかすように、きつく握っていたラウダの左手をゆっくりとほどいた。五指を絡めて求め合うように、互いの存在と体温を確かめるように、手を繋ぎ直す。
     指同士が密に触れ合う。弟の薬指にはめられたプラチナのリングに触れて、ばらばらにほどけて形を失いかけていた心が、再び一本の糸の集合体としてまとめ上げられたような気がした。
     俺の左手薬指にも、弟と同じデザインのリングが光っている。この小さな輪が、俺とラウダの心を結びつける象徴として、縁を紡ぎ、縒り合わせ、血の繋がり以上の絆を示してくれるのだと、改めて感じた。
    「――僕は、ずっと兄さんと一緒にいるよ」
     俺の腕も一緒に引き寄せながら、固く結んだ左手を額に押し当てて、ラウダはそっとまぶたを閉じた。
     それはまるで、静かな誓いと祈りを捧げるような所作だった。




     加速車線から本線に合流する車もなく、アクセルの踏み込みをほんのわずかに緩めた。目一杯まで下げた運転席のシートに背を預けて、深い息をつく。ルームミラーに目を配ると、ちょうど後続車がインターチェンジを降りるところだった。
     地球の夜の運転は不慣れだ。だが道路照明灯の規則的な明かりが独特のリズムで落ちてくるため、オーディオの音量を極力絞っていても退屈せずに済むのが幸いだった。
     ラウダは助手席で小さな寝息を立てている。今日は午前の早い時間帯から、ずっと運転を任せきりだった。会社の要であるCEOに運転をさせるわけにはいかないとラウダ自ら志願してハンドルを握っていたが、さすがに何時間も運転して疲れが出たようだ。
     明日はまた違う街の工場視察を予定している。株式会社ガンダムの地球本社が近くにある街だ。ラウダにとっては土地勘がある分、今日よりもだいぶ運転は楽だろう。
     助手席のシートからはみ出したラウダの左手に、労るように触れる。無意識の行動なのか、赤ん坊がするようにそっと指を握り返されて、自然と笑みがこぼれた。

     ナビに示された、海岸線沿いにまっすぐに伸びる高速道。事故や工事の情報も特にない。走りながら、俺達がこれから行く道がこれくらい順調であってほしいと願わずにはいられない。
     父さんの代から俺達の代に変わり、幾つかの改革を推し進めたジェターク社が歩んできた道は、決して平坦ではなかった。事業縮小に伴う解雇によりある程度の技術流出は避けられなかった。経済誌に凋落した会社だと揶揄される記事を載せられたこともあった。何より、グループが解体しても宇宙と地球の構図は何も変わらないまま、台頭した新たな組織が俺達から奪ったシェアを盾に、かつてのベネリットグループと同じような罪を犯す様を指をくわえて見ていることしかできないのが辛かった。
     俺は、父さんが俺達兄弟のために敷いてくれていたレールを壊してしまった。壊してしまった以上、自分達で新たな道を開拓し進まなければならなかった。
     あのプラント・クエタでのテロのように、本当はずっと誰かの掌の上で踊らされているのかもしれない。見えない大波に飲まれて流されているだけなのかもしれない。それならと、ままならない現状に対してこんな現実は望んでいない、選ばされただけだと不平不満を喚き散らして途中で降りることだってできた。
     それでも俺が降りずにこの道を行くと決めたのは、弟と一緒に進み続けることを選んだのは、自分の意志によるものだと、臆することなく胸を張っていたい。誰かに言われたからでも、誰かに望まれたからでもない。俺自身が導き出した答えなのだと。俺の夢を叶えるのも、諦めるのも、結局は俺しかいないから。

     ナビに表示された時刻を確認する。ホテルのチェックインまであと一時間と少し。追越車線側へウィンカーを出して、俺はアクセルを踏む右足に力を込めた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖😭💖💒💍💕😭👏🚗💞💴💴💴❤😍😍💯💯👏👏🙏🙏💒💒👍👍💯
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works