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    flor_feny

    @flor_feny

    ☿ジェターク兄弟(グエラウ)の話を上げていく予定です

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    グエラウ 儚さと優しさを噛みしめる 一緒にラーヌードルを食べるジェタ兄弟の話

    #グエラウ
    guelau

    儚さと優しさを噛みしめる 真っ白な器に注がれた黄金色に透き通ったスープ。しっかりと茹でられてスープの底の方を泳ぐ細めの麺。切り落としのベーコンのようなチャーシューに、白身部分がほんのり茶色に色づいた半熟の味玉。少し長めにカットされたメンマに、ツンとした鮮やかな香気を放つ白髪ねぎ。
     メニューにある中で一番安い故かもしれないけど、これが比較的オーソドックスかつシンプルな塩ラーヌードルの構成らしい。
     僕は器を上から覗きこんで、わざと芳醇な香りの直撃をくらいに行った。ほかほかと立ちのぼる白い湯気を吸い込めば、鶏出汁の豊かな匂いで鼻腔の奥まで満たされる。
     一度食欲をそそる香りを嗅いでしまったらもう、目の前のラーヌードルのことしか考えられなくなってしまう。長時間の商談の疲れと空腹で回らなくなっている脳が、いいから早く食べろとせっついてくる。何時間も空っぽの胃が刺激されてぐうと唸った。
    「ラウダ」
     不意に名前を呼ばれてハッとした。前を向く。
     向かいの席に座った兄さんが、頬杖をつきながらくつくつと喉を鳴らして笑っていた。
    「久々に見たな。お前のそういう顔」
    「あ、ごめん……おいしそうで、つい」
     気が緩んでうっかりだらしない顔を晒してしまっていたらしい。
    「いや、お前を連れてきた甲斐があったようでなによりだ。待てないなら先に食べててもいいんだぞ」
    「うぅん、兄さんのが来るまで待つよ」
    「そうか」
     すっと海色の目を細めて微笑まれて、少し気恥ずかしくなる。コップに入った水をちびちびと飲みながら、店内の様子を観察する振りをして兄さんから目をそらした。
     カウンター席では少しくたびれた雰囲気のおじさん達が麺をすすっている。ジョッキでビールを呷っている人もいた。みんな仕事帰りで、ここで腹を満たしてから帰宅するのだろうか。
     この店はいわゆるチェーン店で、わりと色々なフロントに出店しているようだ。僕はラーヌードルに興味がないから意識したことはなかったのだけど。ホテルにチェックインしたあと、兄さんが今晩はここで食べようと案内してくれた。
     入り口の暖簾にかかれている「拉麺」という漢字はラーメンと読むらしい。ラーヌードルの元々の呼び名なのだと、さっき兄さんが教えてくれた。



     そのうち、兄さんのラーヌードルと焼き餃子が二皿運ばれてきた。
     トッピングをたくさん追加した兄さんのそれは、僕のと同じ塩ラーヌードル――のはずなのだけど、スープが隠れるくらい具が盛られている。
     チャーシューは二枚から六枚になり、味玉は卵一個から三個に増量。楕円に近い形を描く麩に、真っ黒の長方形の海苔が器の縁に沿って並んでいて、白とピンクが渦を巻くなると二つが山盛りの白髪ねぎの側にちょこんと乗っていた。
     麺を大盛りで注文したせいか、器の縁ギリギリまでスープが注がれている。同じものとは思えないほどの迫力だ。
    「兄さん……改めて思ったんだけど、ラーヌードルって炭水化物の塊だよね」
    「そりゃあな。だから餃子を追加で頼んだし、チャーシューと味玉にねぎを増やして栄養バランスをとってるだろ?」
    「餃子だって皮が立派な糖質でしょ。このあとホテルに帰って寝るだけなのに、いいの? そんなに食べて」
    「ラウダ。それ以上は禁句だ」
     兄さんは唇に人差し指をあてると、わざとらしく声を潜めてしーっと呟いた。可愛げのある仕草に思わず笑ってしまう。
     僕相手に機嫌を取ってどうするんだか。消費しきれない糖質が身体に蓄積して困るのは兄さんなのに。たまにあるチートデイだと思えば、まあ、許容範囲内かと思わないでもないけど。
    「さ、伸びる前に食べるぞ。いい加減俺も腹が減った」
     いただきます、と兄さんが手をあわせる。僕も倣って手をあわせた。

     まずはレンゲを手に取って、スープをひとさじ掬った。息を吹いて軽く冷ましてから口に運ぶ。
     さらりとしたスープは見た目通り軽い口当たりだ。あっさりした優しい旨味が口の隅々まで広がって、ほう、と自然と息がこぼれた。くどさのない香ばしいコク。結構好きなタイプの味だ。
     麺をフォークで掬うと、スープの表面に浮いた小さな油滴が絡みついてくる。つるりとすすって咀嚼する。ストレートの麺はもちもちとした食感で、意外としっかりした小麦の味が感じられた。
    「うん。おいしい」
    「だろ?」
     兄さんが満足気に顔をほころばせた。言われてみればチェーン店の味という感じだけど、味にうるさい兄さんが僕を連れてきたいと言うだけあるな、と素直に思う。
     僕がチャーシューにかぶりついている間に、兄さんはつるつると麺をすすっては白髪ねぎをつまんで、味玉を口に放り込んでいく。学生の頃から変わらず、本当に良い食べっぷりだなあと感心してしまう。
    「ラウダ、こっちも食ってみろ」
     餃子を勧められて、まずはタレにつけずに食べてみる。
     カリカリに焼けた皮を噛み切る。餡からあつあつの肉汁がじゅわっと溢れ出て、口の中を強引に潤した。思った以上に熱くて焦る。
     はふはふと息を弾ませていると、兄さんが水のコップを差し出してくれた。迷わず受け取って水を飲んだ。
    「気をつけろ、猫舌なんだから」
     口の中を冷まして一息ついてから、改めて残り半分を火傷しないよう慎重に口に入れた。しっかりと噛み締めて味わう。ごくりと飲み込んだあとには、ニンニク特有の風味が口の中に残っていた。
    「かなりパンチの効いた味だね、これ」
    「うまいんだが、さすがに商談前にこれを食べるのは気が引けるよな」
    「うん、確かに」
     焼き餃子はニンニク多めだとメニューに書いてある。無臭ニンニクの餃子や水餃子も隣に載っていたけど、兄さんが注文したのは普通の焼き餃子だった。
    「でもここの餃子はこれが一番うまいって、前に教えてもらってな」
    「取引先の人?」
    「いや……俺がアルバイトしていた時の先輩に」
    「ふぅん」
    「昼にここの看板を見かけて懐かしくなってな。お前とはまだ、一緒に食べに来たことがなかったから」

     二個目の餃子をタレにつけながら、はたと気づく。
     アルバイトと言えば、兄さんが学園を離れて、偽名を使い、身分を隠して働いていた頃の話だ。二ヶ月と少しの間の、僕がほとんど知らない兄さんの空白の時期。
     兄さんがジェターク社に戻ってきてすぐは、とにかく危機的状況を脱するために頭のリソースを割かざるをえなくて。会社の今後の方針を徹底的に話して、それ以外の話をする余裕なんてほとんどなかった。
     だから兄さんが家出して自活している間、運送系のアルバイトをして過ごしていた、くらいしか結局僕は聞かされていない。
     その後も僕がデータストームの後遺症で療養生活を送ることになったり、地球でリモートワークする道を選んだり。なんとなく、兄さんに当時のことを詳しく尋ねる機会を逃したまま、何年も経ってしまった。
     今更訊くのもどうなのだろう、という気持ちもある。なにより、家出のことはどうしても父さんに紐付けられてしまう記憶だから。単純に兄さんが話し辛いだろうと思って、僕からは聞かなかった。
    「……兄さんは」
    「ん」
    「その……、アルバイトをしていた時、職場の人達とよく食べに来てたの?」
     だから、当時に触れる質問をするのは少し勇気が必要だった。
     でも僕の問いに、兄さんは白髪ねぎの山を崩しながら、ゆったりと口角を上げて、こくりと頷いた。
    「ここのラーヌードルと餃子、何回も先輩達に奢ってもらったんだ」
     穏やかな声に、遠く過ぎ去った日を懐かしんでいるような目。見慣れない表情で、思わず餃子を食べる手を止めて見入ってしまう。
    「飛び入りでバイトするくらいなんだから訳アリなんだろ?って、外食したら俺の分も一緒に払ってくれてさ。自分で払いますって言っても、黙って奢られとけって押し切られてな」
    「……先輩達、みんな良い人だったんだね」
    「人の縁には本当に恵まれてな。……仕事中は弁当を支給してもらえるし、寝る所も寮があったし、制服も貸してもらえたから、衣食住に困ることはほぼなかった」
    「ああ、それで兄さん、最初だけしかお金を使ってなかったんだね。どうやって生活してたんだろうって、ずっと不思議で」
     兄さんは苦笑して、水を一口飲んだ。それからコップを置いて、まっすぐに僕を見たかと思うと、すっと頭を下げた。
    「あの時は、お前に全てを押しつけて、俺一人で逃げてしまって、本当にすまなかった」
    「だからいいって、そういうのはもう」
     つむじが真正面に見えて困惑する。弟相手に律儀にそんなことをしないでほしい。謝りたいのは、僕だって同じなのに。
    「……僕は兄さんのこと怒ってないし、恨んでもないよって、前にも言っただろ」
     だって当時、無理やりにでも兄さんの決闘を止めなかった僕にも一因があるから。実の息子すら寮から追い出す父さんを恐れて、何もしてやれなかった僕の消極さが、兄さんを突き放すことに繋がってしまったから。
    「兄さんが戻ってきてくれた。……それだけでもう、十分すぎるくらいだよ」



     僕は今でも時々考えることがある。
     もしプラント・クエタでテロが起きていなければ。もし父さんがまだジェターク社を率いていたならば。兄さんが未だに帰ってこない未来が、ありえたのかもしれないって。
     もしそうだったら、今頃僕はどうなっていたのだろう。
     兄さんが戻らないまま一人で学園を卒業して、父さんについて回りながら経営を学んで。僕の姓はニールのまま、代替の嫡子として兄さんの代わりをこなしていたのだろうか。
     いつまで経っても帰ってこない兄さんを、心のどこかで諦めきれないまま。
     考えれば考えるほど無数に分岐していく可能性。戻れやしない過去に、辿り着かなかった未来。いくら想像したところで、意味がないしキリがない。
     分かってはいるけれど、考え出すと止まらなくなる。
     兄さんのいない生活と、兄さんのいる生活――僕にとっての最適解と、兄さんにとっての最適解は、きっとイコールではなかったんじゃないかって。

     兄さんが御曹司という立場を自ら捨てて、手にしていた生活。優しくて温かな人達が揃った職場。ささやかだけど心乱されることのない穏やかな日常。
     僕の存在なんて関係なしに成り立っていた平和な暮らしを、兄さんは結果的に諦めてしまった。傾いた会社を継ぐために、手放さざるをえなかった。
     戻ってきた兄さんを待ち受けていたのは、矢面に立って駆け引きと競争にさらされる日々と、数多の従業員の生活を背負う重責。それから僕たちの代になって次々と失われていく物への無力感だった。
     兄さんにとっての戦場は、MSのコックピットからCEO執務室へと変わってしまった。
     場所が変わっても、慣れていなくても、常に戦場に立ち続けることを強いられるその身を、僕は支えることしかできない。その生き方しか僕は知らないし、それが姓をジェタークに変えた僕の生きる意味でもある。

    「――ねえ兄さん。チャーシュー、僕に一枚ちょうだい」
     沈黙に耐えきれず、脈絡なくぶつけた僕の言葉に、やっと兄さんが顔を上げた。
     きょとんとした海色の瞳が、瞬きを二回繰り返す。やがて困ったような笑みが波紋みたいに広がるのを、僕はほっとしながら眺めていた。
    「一枚と言わず、二枚でも三枚でも構わないぞ」
     兄さんがフォークを手に取る。一番大きいサイズのチャーシューに、フォークの先端が刺さった。
    「あ、そうだ、兄さん」
     僕は自分の唇を、トントンと人差し指で叩いた。雛鳥のように口を開いて待っていると、ふはっと息を吐いて兄さんが破顔した。
     正直、行儀が悪いし、他の人がいる所だと恥ずかしいし、自分らしくない。
     それでも、今こうしてじゃれながら二人一緒に食事をしていられる事実を、ただただ、幸せだと思った。



     ラーヌードルと餃子を食べて暑くなったのか、兄さんがビジネススーツの首元のホックを緩めた。手で首元を扇いで、少しでも涼を取ろうとしている。
     僕は兄さんに食べさせてもらった三枚目のチャーシューを頬張りながら、空気の流れでゆらゆら揺れ動く湯気を見ていた。器から立ちのぼる白いそれは、徐々にスープが冷めることで、食べ始めた頃よりも量を減らしている。
     そのうち鼻腔の奥まで到達した芳しい湯気が冷えて、集まって、水滴になる。
     僕が一際大きく鼻をすすると、兄さんが笑ってテーブルの端に備え付けられたティッシュを二枚引き出した。
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