鶴月SS──これは夢だ。
鶴見は確信していた。時折あることであった。自分はいま眠っていて、夢を見ているのだと自覚することが。
「いいえ、悪夢ですよ」
頭の下に腿を感じた。そして、降りかかる穏やかな低い声と吐息を感じた。瞼の裏に映った男の顔は、真面目くさった表情をしていた。
「何故そんなことを言うんだ、月島」
鶴見は返す。真っ直ぐと自分を覗き込む瞳を愛おしく思いながら。
「お前が出てくる夢が悪夢なものか」
月島は頭を振る。表情は乏しくとも、端々に滲ませる淋しさを鶴見に悟らせまいと、少しだけ目線を横に逸らせていた。
「貴方が私を夢に見るなど、あってはなりません」
「ふふ、お前にとって悪夢なんだな。幸い、私にとっては悪夢ではない」
「悪夢です!!」
どうして分かってくれないのだととでも言いたげに、月島は唇を噛んだ。
「二度と会うことのない人間を夢に見るだなんて……ッ」
眉を寄せ、込み上げるやるせなさを何とか抑えるので精一杯な様子だ。月島の憂いは、かつて鶴見が支配していたものだ。心地の良いほろ苦さに口元を綻ばせる鶴見を、月島は暗い瞳で見つめる。
「お前はよく働いてくれた。何より……心に留めて、時折取り出しては想いを馳せる相手は、生きている方がずっといい」
月島の瞳が揺らぐ。口をキュッと閉じて何かを考え込んでいるようだ。膝の上に置かれたこぶしに指を這わせれば、ほどかれたこぶしが鶴見の手を優しく握り返した。
「……指の骨は……探しに行きましたか?」
「いいや」
「そう、ですか……」
「別に彼女達と決別したわけではない。私がアレを手放す時がきた、それだけさ」
月島は黙ったままコクリと頷いた。指が更に深く絡められてキュウと締められる。もう片方の腕を伸ばせば、平たい頬が控えめに擦り寄ってきた。
「お前が私をあまり思い出さないといいんだが」
「本当に酷い御方……私は貴方が生きていることも知らないんですよ」
今にも泣き出しそうな声音で、月島は辛うじて微笑んだ。けして溢れることのない涙を掬うように、鶴見が月島の目元を指でなぞる。
「愛してるよ、月島」
「ああ、もう……」
それを伝えたら月島が困ることは予想が付いていた。しかし、その後どうなるかは全く検討もつかなかった。月島が顔を歪ませると同時に視界も歪む。そのまま、脳内の渦がぐるりと回ってから鶴見は目を覚ました。パチパチと瞬きをしてから、ベッド脇の窓を開けてウォール街の乾いて埃っぽい空気を肺に吸い込む。気分は、上々であった。