御安眠妨害 その夜、ふと目を覚ますと、腕の中に主が居なかった。少しでも主が動いたら起きるようにしていたのに。少し焦って上体を起こすと、主はベッドの足元に座り込んで月を見上げていた。
「主様…どうかしたのかい?」
返事は無い。
「主様…?」
近付いて、そっと肩に触れる。動く事無く、硝子玉の瞳は窓の外の月を映していた。
「主様、眠れないのかい?」
そっと抱き寄せ、あやすように撫でる。
「誰か他の執事を呼んでこようか」
「…いい、別に、大丈夫。寝てて。」
「私は主様がゆっくりと眠れる様にここに居るんだよ」
見ると、手元のタオルが血に染まっていた。
「…鼻血かな?」
「うん」
「起こしてくれていいんだよ…」
「せっかく寝てるのに、悪いから」
こうして睡眠が削がれるのはよくある話で。主は肉体的ストレスが大きくなるとすぐに鼻血を出すのだ。そういう体質だから、と笑って言うが、内心、気が気じゃない。
「あ、」
主がまた、タオルを顔に押し当てる。なかなか止まらないのがこの鼻血の悪い所だ。
「ルカスを呼ぼう」
「要らない。ルカスが起きたって鼻血は止まらないから」
小さな肩を抱き、そっと背中を撫でる。こんな時、すごく心細くなる。いつもの威勢の良さは無くて、殻だけになった主は、酷く存在感が無い。手や顔についた血を拭うお湯を準備しなければ。そうは思うのだが、今、この場を離れたくなくて、ミヤジは寄り添うしか出来ないのだ。
「主様、鼻血は出始めて何分くらい経っているのかな?」
「多分二十分越えたくらい。」
「そんなに…」
「ちょっと最近、頑張り過ぎたから。忙し過ぎて。仕方無い。」
こんな夜は酷く長くて、寒くて、自分の作った蝋燭の灯りなんて小さくて頼りない、そう、ミヤジは感じるのだった。
END 2024.08.28