俺は配送業者、所謂宅配のお兄さんだ。元々ネット通販が主流になってきたところをコロナ禍で多くの人の生活形態が変わったことに押し上げられて人手不足と燃料高騰も加速し、安月給で常に時間に追われる身分だ。特にこの時期は引っ越し業者に比べるとそこまででもないが、ちょいちょい必要なものがと注文したり逆に不用品を売り払う人が多い。つまり物凄く忙しく常に疲れている。
そんな中にも楽しみがある。
週に一度程度荷物を届けに行く○○暁人さんの部屋だ。名字は何故かよく文字化けする。サインする時はさらさらと綺麗な男字を書くがすぐに忘れてしまうので暁人さんと呼んでいる。
そう、彼は二十代半ばの男性で、俺はバイだ。
暁人さんは黒髪短髪で背はさほど高くなく、太ってはいないが胸元や太股はむっちりしている。肉体労働とバイク趣味の賜物らしい。顔はつり目気味でエラもありキツめの印象だがいつも笑顔で穏やかなので精悍な印象を抱かせる。声も甘くおっとりしていて心地いい。ヘテロだろうけど可愛がりたくなるタイプだ。
左手薬指にリングもないのでワンチャン期待しつつも今日も何でもない風に荷物を届ける。通販ではなく寺からって変わってるし、若干寒気を感じるが暁人さんの
「いつもありがとうございます」
を聞くとポカポカと身も心も暖かくなる。よく見る黒いジャケットとパンツだからこれから仕事かな。俺も夜の配達頑張ろう。
別の場所でソックリな服装のオッサンがコンビニの前で一服してるのを見たけど暁人さんの同業者かもしれないな。しかしあんな格好で夜メインの肉体労働って一体どんな仕事をしてるんだろう。
今日は珍しく朝に暁人さんに出会った。別の部屋に配達する時にごみ捨てに出たところを出くわしたのだ。
「あ、おはようございます」
「おはようございますっ」
思わず声がでかくなる。今日は完全な私服だ。だぼついたグレーのスウェットにはきなれた感のあるジーパン。何かちぐはぐだ。春めいてきたしスウェット上だけに下着だけで寝てるのかなとか妄想してしまう。
パンパンのゴミ袋を運ぶ姿をコッソリ目に焼き付けつつ荷物を運ぶ。
気が抜けたのかあくびが聞こえるのもかわいい。
はー早く仕事が終わらないかな。連勤が続いているので単発でも休みが欲しい。まあ一日だけの休みなんて家で寝たり起きたりして終わるのだが、そこに暁人さんがいてくれたらそれだけで幸せだろうな。
「いてっ!?」
俺もボケてたらしい。どこかに引っ掻けて腕を切ってしまった。
「大丈夫ですか!?」
すぐさま駆けつけてくれた暁人さんが荷物を抱えた俺の腕に触れ覗き込むようにように見つめる。
シャンプーの香りがする。風呂上がりか。でもほのかに煙草の臭いもする。喫煙者なのか。意外だな。全然アリだけど。
朝日を背に受ける姿も神々しい。暁って確か朝の太陽的な意味だったはず。
「そんなに出血はないみたいですけど、一応貼りますね」
気が付けば腕には白い大きなパッドが貼られていた。手には柴っぽい犬のキャラクターのハンカチが握られている。
「あっ、もしかしてハンカチ、血ついたりしてません!?」
「いえ、大丈夫です。気をつけて仕事頑張ってくださいね」
爽やかな笑顔で去っていく。追いかけたいけどしがない配達員は抱えた荷物を受け渡して次にいかないと午前中配達希望が終わらないため泣く泣く指定の住所のチャイムを鳴らした。
背後で風を切るような音が聞こえた気がするけど今日は風も弱いし気のせいだよな。
チラ見しただけだけど同じキャラの似たようなハンカチを買って、大きくはないお菓子も買った。消えものが後腐れなくていいだろう。ドキドキしながらチャイムを押す。夕方のいつもいる時間帯だ。しかし今日の荷物はいつもと違う……通販だけど、品名は誤魔化されてるけど発送元の会社名からしてアレだ。大人のお店だ。
マジかーこういうの使うのかー俺も使うからわかるけどこれって女の子向けじゃないよなーもしかしてもしかしなくても暁人さんが使う?これは……ワンチャンある?
冷静になろうとしても都合のいいことを考えてしまう。
深呼吸をしてチャイムを鳴らす。いつもならすぐに暁人さんが出てくるはず。
「……来たか」
しかし出てきたのはいつか見た黒づくめの煙草を吸っていたオッサンだった。思わず部屋番号を見るが暁人さんの部屋で間違いない。
「ええと、○○さん……」
「オレだ」
困惑する俺に即答したオッサンはサラサラとややこしいサインを書く。
ああ父親か、そう考えるとどことなく仕草とかが似ている気がする。
え、でもオッサンが使うのか?
疑問が疑問を呼ぶ状態の中、荷物を受け取ったオッサンが小さいしかしハッキリ聞こえる声で
「暁人の反応が楽しみだな」
と呟いたので思わず意味のない声を漏らしてしまった。ヤバいと口を塞ぐがオッサンは剣呑な目付きで俺をじろりと見、下げている紙袋に気づいてしまった。
「で、その手に持ってるやつはどうした?」
今度はハッキリと問いかけられて慌てて隠そうとしたが、オッサンの圧が強すぎて正直に先日暁人さんに助けられたこととそのお礼を渡したい旨を白状してしまった。
するとオッサンは納得いったようで
「ああ、オマエか。鎌鼬とは災難だったな」
と何故か同情した様子で肩を叩かれた。左手だったが指輪はしていないようだった。それはともかくカマイタチって確かつむじ風みたいなのでケガする都市伝説みたいなやつだったっけ。何でと質問する前にオッサンは暁人、と呼びかけながら部屋に引っ込んでいってしまった。
「あんたの荷物だったんじゃなかったのかよ」
エプロン姿の暁人さんが手を拭きながらやってくる。家庭的なのもいい。マスクの中でにやけそうになるのを堪える。こちらに気付いてぺこりと頭を下げるのもいい。
「あの、この前はありがとうございました。これお礼にどうぞ」
「そんなわざわざ……こちらこそありがとうございます」
俺の気持ちを汲んでくれたのか暁人さんは遠慮しながらも受け取ってくれた。業務上連絡先とかは交換できないけどこれで十分だ。
それなのに俺は好奇心を抑え込めなかった。やっぱりワンチャンを捨てきれなかったのだ。
「その、先程のお方は……お父さん、ですか?」
そうですと、そう言われるのを期待していた。ファミリー向けのマンションじゃないから父一人子一人なのかなとか希望がないわけじゃなかった。が、暁人さんは俺のプレゼントを持ったままはにかんだ。
「いえ、パートナーです」
その表情が本当に愛おしげで幸せそうで美しかったので、俺も幸せのおすそ分けをもらったような気持になって、もうそれ以上何も考えらなくて気が付くとトラックに戻っていた。
俺のトキメキ生活は終わった。しかしまあ傷は浅く済んだし、悲しいかなこれからも出会いは配達の数ほどある。そう、俺の春はこれからだ!
馬鹿と怒る声が聞こえた気もしたが聞かなかったことにしよう。