その日はマレビトの数が多いだけでなく入り組んだ裏路地や廃ビルの地下まで探し回って殲滅するハメになり、ようやく凛子に任務完了の連絡を送る時間にはテッペンをとうに過ぎていて、今更飲み屋に行くのも何だということで二人で銭湯で汗と埃汚れを落とした後に深夜営業のスーパーで夕食とお酒とつまみとお菓子と総菜などを買い込んでKKの家で宅飲みをすることにした。
「はぁ~~~生き返る~~~」
期間限定の桜味缶チューハイを一気に半分くらい飲んだ暁人はアルコールの混じった息と共に思いの丈を吐き出した。ぶは、とこちらはホップの香りと共にKKが噴き出す。
「オマエ、風呂でもソレ言ってただろ」
「だってさあ、今日大変だっただろ」
まあなあとKKはたこわさを口に運びながら、最近の総菜は美味くなったなあと感心しつつ、今日の仕事を思い返す。まったく報告書を書くことを考えると陰鬱になるがそれもこれも明日の話だ。まだ今日は終わっていないことにして暁人との酒盛りを楽しむことに気持ちを切り替えて早々と二缶目を開ける。
「本当にオマエがいて良かったよ」
「僕もKKの強さを思い知ったよ」
酒精の力か二人とも素直にお互いを褒め合う。何しろ屋上から地下まで散々走り回らされたし、その割に悪霊の恨みは個人的で子供じみた他責で暁人すら全く共感できずKKに至っては「テメエの無知な言動が発端じゃねえか!」と説教までしていた。その割に報酬も少ない仕事だったので心身共に疲弊したのだ。宅飲みでも宴会をして気分を盛り上げなければ眠れそうになかった。
幸いなことに暁人はイメージほど酒に弱くなかった。酒豪ではないし若者らしくチューハイが主流だが、こうして二人で楽しむ分には己の限界も理解しているし気兼ねなく飲めるいい相手だ。それによく食べるので見ていて気持ちがいい。
「軟骨からあげ美味しいよ、KK」
「一つもらおうか……生春巻きも美味いぞ」
「本当だ、タレもいいね」
「オマエが前に作った方が好きだがな」
褒めても何も出ないよと暁人はそれでも嬉しそうにけらけらと笑う。以前であれば素人の手作りより本業の方が美味しいに決まってるだろとか謙遜していたのだが、ようやく素直に受け取るようになった。それがKKも嬉しい。相棒で弟子で息子の代わり……だとは思わないが、親がいないと思うとどうしても意識してしまう。自分が助け、そしてそれ以上に助けられた青年に情を抱かないはずがない。
「でもまた時間がある時に作ってあげるよ」
「そりゃあ楽しみだな。報告書作りも捗るってもんだ」
「報告書か……またKKの絵が見たいなぁ」
暁人も二缶目を開けながら今度は含み笑いをする。あの夜に見つけたKKの報告書には味のあるイラストがいくつかあって、あれきり描くことはなかったしあの時はさほど触れる余裕もなかったが彼の人柄や妖怪への興味関心が垣間見えるようで気に入っていた。
「オマエのためなら描いてやってもいいぜ」
「あれ、僕って結構愛されてる?」
いつもならこんな茶化し方をしないのだが勢いで度数の高いお酒を買ったせいで思ったよりもアルコールが思考回路を鈍らせているようだった。KKは相棒で師匠で、似てはいないが時に父親を思い出させる。比較的安定した状況になって振り替えると、やはり精神的な支柱が必要だったのだと痛感する時がある。麻里にとって自分がそうでありたかったのだがやはり二十歳前後の青二才には力不足であった。KKも不器用な性格が災いしているが、正義感の溢れる善人だ。憧れやそれとは少し違う気持ちを抱くのも不思議ではないだろう。
四杯目に日本酒を選んだKKは愛してるぜと本気か冗談かわからない顔で頷いた。
「今更オマエ以外には考えられないよ。素直で正直で真っ直ぐで自分や他人の弱さを受け入れて前に進める。ついでに顔もいい」
「ちゃんとすればKKの方がいい男だと思うけど。経験豊富な男の人だし、口は悪いけど優しいし」
「一言余計だよ」
言葉の割にKKも満更ではない。けれどもどう考えても暁人の方が優良物件で、もう少し時間に余裕ができればいい女を捕まえるだろう。正直に言って寂しいが口に出すほど子どもでない。
しかし暁人はKK以上にいい人なんていないよと言い切った。
「オレは男だぞ」
「人生の相棒に性別なんて関係ないだろ」
段々暁人の呂律が怪しくなってくる。疲労に風呂で酔いが回りやすくなっているのかもしれない。顔色はいいのですぐさま処置は必要ないが水を差しだすと素直に飲んだ。自分はとっておきの焼酎を出す。
「僕も飲みたい」
「大丈夫か?」
「んん……今日はいつもより酔っぱらってるかも」
「自覚してるなら大丈夫だろ」
かくいうKKも同じ状態だ。大変浮ついている。まるで暁人が告白のようなことを言うから。
そう、彼の好意に喜んでいる。相棒でも師弟でもないのは明らかだった。
「自覚……してもいい?」
だから暁人の言葉に思い当たる節があった。そう、最後に自覚するか否か、それだけなのだ。それが是か非か判断できないほど、KKも既に酩酊していた。思ったよりも回るのが早い。ちゃんぽんしたのが悪かったか。
「オレは寝て起きても覚えてるタイプだぞ」
「僕もだよ」
小悪魔かよ、と悪態をつくと口角をゆっくりと上げる。どの笑い方も大変魅力的だ。
今日はまず飲み明かそう。後片付けも報告書も告白も何もかも寝て起きてからだ。
二日酔いになってもきっといい朝が来る。そんな未来に想いを馳せてKKはグラスを煽った。