【K暁】芽吹く春まだまだ冷たい風が肌を撫でていく。
本日の仕事を終えたKKは、胸元にあるボディバッグからスマホを取り出した。仕事中に何度か通知が来ていたから確認しないといけない。
仕事仲間である凛子からのものだったら厄介だ、仕事が増える可能性が高い。
今日は折角簡単な仕事ばかりだったというのに。
依頼があったビルでの穢れ祓い。マレビトとよばれる化け物もでることなく、さくっと終わった。いい日だ。
着信は凛子ではなかった。
送信者を告げるところにあるのは『暁人』の文字。それを見て、KKは僅かに口端を持ち上げた。
伊月暁人はKKの相棒といえる青年だ。
20近く年下。つい最近まで大学生だった。涼しげな目元を持ち、クールな印象があるが、実際にはころころと表情をよく変える可愛い印象のやつだ。
お人よしで優しく誠実。けれど年相応に生意気で頑固なところもある。
元刑事で酒とたばこが主食だったKKとはまるで接点がないような青年とはかなり特殊な状況で知り合った。
刑事時代に知り合った超常現象だのなんだのを研究するやつら。それが今一緒に仕事をしているアジトのメンバーだ。
八雲凛子を中心として、エドとデイルという仲間がいた。
そして、妻の死で狂ってしまった男。こいつがあの世とこの世を繋げようと大規模な儀式を行おうとした。その過程でKKにも力を埋め込んで傀儡にしようと企んだ。
あの世のエネルギー、エーテルに耐えうる体の持ち主だったらしい。そういう人間は適合者と呼ばれている。
埋め込まれた力に打ち勝ち、どうにか自分のものとして使えるようになった。
マレビトや幽霊など余計なものも見えるようになったが戦う手段は手に入った。
男の企みを阻止しようと奮闘。だが、男は渋谷という狭い範囲で儀式を行うことに決めたらしい。その前に直接対決に持ち込んだが、残念ながら敗れてしまった。
霊体としてでもこの世にしがみ付き、どうにかできないかと思ったところにいたのが暁人だった。
事故で倒れていた彼の体に憑依したのが切っ掛けだ。
若くしっかりとした体。これでまた動けると思ったが、なんと暁人は目覚めてしまった。
一つの体に二つの魂。二心同体となったまま、戦うことになった。
狂った男を追い、家族を、世界を守るために焦っていた自覚はある。暁人には随分ひどい態度をとっていた。
だが、暁人の妹も男に連れ去られ、奇しくも目的は同じとなった。
自由に体は動かせないが、暁人はいい動きをした。
困っているものならば、人間以外も助けてしまう優しさもある。一生懸命で素直な面もいい。
そういう暁人のいいところに触れる度に、KKの凝り固まった部分が少しばかり柔らかくなっていくような気がした。
妖怪や幽霊、化け物のいる街を二人で駆け抜けた。実質駆け抜けたのは暁人だけれど。
よくやってくれたと思う。
互いの弱さだとか情けないところも見せあうような機会もあった。
離れられないからこそ、見えた部分。時に叱咤し、時に支えあって人のいなくなった夜を駆け抜けた。
自分の仕事さえしていればいい、人付き合いは面倒だと腐っていたKKが、戦いが終わるころには暁人のことを相棒だと信用し、信頼していた。
男を倒して、なんとか儀式は阻止。
無事にこちら側へと戻っていた。
男に殺された人間はそのままあの世行きだと覚悟して別れた。
そう、そのはずだった。
結果、何故かみんな生きてここにいる。理由は不明だ。元凶の男はいなくなったままだが、それ以外の凛子や絵梨佳、暁人の妹も無事に生きている。
その辺りは目下研究中、らしい。生きている間に答えが得られれば御の字だとエドが言っていた。だから、二年ほどたった今も研究中という訳だ。
一人きりで戻ってきたと思っていた暁人はそれはもう喜んでいた。
そのままアジトの仕事を手伝っている。相棒関係は続行。
KKも別れて、向き合ってこなかった家族ときっちりとケジメをつけてきた。一か月に一度は息子にもあっているし、会話も増えてきている。
アジトに住み着いていたが、これを機に別の場所を借りた。仕事とプライべート、オンとオフを切り替えやすい。
心配した暁人がちょこちょこ顔を出してくれて、正直助かった。簡単な料理だとか掃除なんかのライフハックを教えてくれたりとKKが人並みに暮らせるようにそれとなくサポートしてくれる。
色々深いところで繋がっていたからだろうか。こちらに戻ってきて、二つの体で相棒に向き合った時、どうにもこの青年のことが可愛く思えてきた。
理屈じゃない。
一緒にいて楽しい。気負うこともない。ただただ好ましく感じている。
それはたぶん、暁人も同じだろう。互いに口に出したことはないが、同じ空気が漂っていることは明白だった。
スマホの通知に目を落とす。
『お疲れ様。なるべく早く帰ってきなよ』という文字の下に画像があった。
KKの部屋のテーブルの上。暁人が作ったであろう料理の数々が並べられていた。
画像の下には『新玉ねぎ出てたから焼いてちょっと味つけたよ。タラの芽の天ぷらは買ってきたもの! スナップエンドウは味濃いめソテー、スープは春キャベツと新じゃが! 春野菜出てたからいっぱい買っちゃったよ』とある。
なるほど。野菜売り場で目を輝かせている暁人が目に浮かぶようだ。
その時、またポンと通知が来た。
画像には笑顔の暁人。そして手には『春限定』と書かれているビールの缶が握られている。KKが好んで飲む銘柄のものだ。
『冷やしてるからね。早くしないと全部飲んじゃうよ』のメッセージ付き。
声が聞こえるような気がして、KKは思わず笑い声を漏らした。
新玉ねぎの甘味、タラの苦みや爽やかな香りを思い出す。スナップエンドウはシャキシャキで濃いめの味がビールにぴったりだろう。キャベツの噛み応えとじゃがいものほっくり感、食べ応えのあるスープは体を温めてくれそうだ。
ビールの缶には桜のデザインが溢れている。
もうそんな季節だ。
さっきまで冷たいと感じていた風が少しばかり柔らかくなっている気がする。
「どうやら俺のところに春を連れてくるのはお前みたいだな」
お返しにいつもの和菓子屋で苺大福でも買って帰ろうと進路を変更する。
今は冬から苺を売っているが、あまり食べない二人だからいいだろう。それに本来の旬は春だ。
いつもの塩大福と豆大福も忘れずに。どうせ食べたくなる。
暁人が甘いものを食べるから、KKもすっかりそれに慣れてしまった。
小さな変化がなんだかやけにくすぐったく感じる。
相棒にも小さな春を買って帰るために、KKは手っ取り早く天狗を呼び出した。
帰った後、気分良く酔った二人は互いの好意を珍しく言葉にして、相棒に新しい関係性が加わった。
春の気配は、色んなものを芽吹かせるのは本当らしい。
END