「隣に越してきた伊月です。よろしくお願いします」
今時珍しく引っ越し蕎麦を持って挨拶に来た青年は俳優かと思うほどのイケメンだったが普通の会社員らしい。
年末に引っ越してくるなんて珍しいが角部屋は何故かずっと空き部屋だった。確かに少し高いがこの辺でこれくらいのセキュリティでと考えたら妥当な家賃だ。
なのに俺も何故か今の部屋を選んでいた。ぼっち社会人の俺としては今のところ不満はないのだが。
「ただ同居人と副業もやっていて、そのせいで明け方に帰ることもあるのでうるさかったらすみません」
とは言われたもののここは結構防音がしっかりしてて反対側の新婚夫婦に子どもができても困ったことはなかった。
それは安心だと微笑んだ青年はさわやかなのにどこか含みがあった。
「おはようございます」
最後の可燃ゴミの日に青年に出会った。イケメンは寝起きもイケメンだ。どこにでもありそうなブラックのダウンジャケットが異様に似合っている。寝癖が無造作スタイルにしか思えない。ゴミ袋を握る手も。
「……結婚されてるんですか?」
思わず聞いてしまう。よく彼女に注意される悪い癖だ。しかし青年は気分を害した風もなく結婚はしてないんですけどと左手薬指のシンプルなリングを撫でた。
「クリスマスプレゼントです」
まだ会ったことのない同居人だろうか。つまり結婚を前提とした同棲ってわけだ。
納得した俺は羨ましいなと溢した。
「俺も来年プロポーズしたいなぁ」
青年は応援すると言ってくれたので首のキスマークには触れないでおいた。
彼女に初日の出を見に行こうと誘われた。断る理由などない。俺の会社は年末年始は休みだ。レンタカーで遠出して彼女指定の岬にやって来た。
寒いねと彼女が言う。そうだねと言いながら似合わないダウンジャケットのポケットの中身を確かめる。
日の出と共にプロポーズ。俺が考えたにしてはなかなかロマンチックだと思う。
ねえ、太陽が出てきたよと彼女が言う。俺は顔を上げる。何故か彼女は背後にいる。急に手が伸びて俺を押す。バランスを崩した俺は岬から真っ逆さまに
「させない!」
何か細い線がぐるぐると俺に巻き付いてぐんと引っ張られる。海ではなく地面に膝をつくとお隣の青年が立っていた。
ギャア!と人ならざるものの声に顔を向けると彼女の胴体におっさんが腕を突っ込んでいた。
「あの野郎……!」
激高する俺を青年が押さえる。片腕だけなのに全然動けない。
「よく見て。あれは誰?名前は?」
あれも何も俺の彼女で名前は、
「あれ?」
名前は何だっけ?顔は?年は?どこで出会ったんだっけ?
よく見ると女は黒い髪を振り乱した真っ白な目も口も鼻もない、化け物だった。
「終わりだ!」
おっさんが何かを握り潰すと化け物は断末魔と共に消えた。
「……何だったんだ?」
「うーん、説明すると長くなるんで」
おっさんが煙草を出しながらこっちにやって来る。御来光に照らされてキラリと左手薬指のリングが輝く。
「とりあえず新年を迎えられて良かったですね」
頼むから俺にそんなに優しく微笑みかけてくれるな。おっさんの視線に刺されて死ぬぞ。
今年もよろしくお願いしますとご丁寧な挨拶に俺は先に車に戻ってていいですかと頼んだ。