あなたと、深まる夜を共にひとつの部屋、ひとつのベッドの上に腰掛けるふたり。
今宵は満月。“そういう”行為をしようという約束の日。
主であるヴァルバトーゼは、約束というものを絶対に守るという信条がある。
だが関係を結んでから然程時が経っていないためか、ヴァルバトーゼは緊張の面持ちで俯いており、相手でありシモベのフェンリッヒを見ようともしない。
いざ部屋にふたりきりになったとて、中々そういう方面に持っていけなかった。
元々ヴァルバトーゼは欲が薄い。尚且つ受け入れるどころか、そういう行為すら経験があまりない。
だがフェンリッヒは、そうも待っていられない。これだけで夜が明けてしまうし、そもそもは主の魔力の足しになるであろう、と始めたことだ。
聞こえない程度の息を吐くと、フェンリッヒの手が動く。静かな部屋では、ジャケットの衣擦れの音すら鮮明に聞こえる。
褐色の大きな手は、主の細い足に伸び、太ももを優しく撫でた。
突如触れられたヴァルバトーゼは、大袈裟に身体を震わせる。
「フェンリッ──」
「──ヴァル様。…あなた様に触れるお許しを、頂けませんか」
ようやく目があった。赤い顔で震える主の目を、真鍮色の鋭い瞳が撃ち抜く。
「あなた様は、何もしなくていいのです。ただ、お許しさえ頂ければ、わたくしはそれでいい」
「……っ」
「ヴァル様…お嫌ですか」
少し寂しそうな目をするシモベから、目を背ける。震える唇は、何か言葉を紡ごうとしており、静かにそれを待つ。
「……嫌だ、とは…言って…おらんだろう…」
フェンリッヒの心臓が、いやに跳ねて鼓動を早める。
循環した血液が身体を温め、くっ付いた手から高い温度がヴァルバトーゼの足に染み渡る。
「…?おい、どうし──」
足から離れた手は、肩を優しく掴み、その身体をゆっくりとベッドに押し倒す。
「まっ、待て、フェンリッヒ!」
「……それは、失礼しました。今のは『良し』ということなのかと思いまして」
片手はベッドに縫い付けたまま、もう片方の手がヴァルバトーゼの手を掬い上げ、甲に柔らかな口付けを落とす。
「ですが、ヴァル様。『待て』をするということは、きちんと『ご褒美』も頂けるのですよね?」
「う……こ、こっちはお前ほど余裕などない。そう急かされたとて──」
「わたくしには余裕がある、ですか」
フェンリッヒは、ヴァルバトーゼの片手を自分の胸に当てる。
主の手には、早い鼓動が伝わってきた。
「余裕があるなどと、決め付けないで頂きたい。わたくしは今、あなたを滅茶苦茶にしたいのを必死に抑えているのですよ」
「よ、よくそんなことを恥ずかしげもなく…」
「はっきり申し上げないと、伝わらないでしょう?まあ、そういうことですので──」
片手だけ自由にさせていたが、フェンリッヒはヴァルバトーゼの両手を纏めて、片手でベッドに縫い付ける。
「そろそろ、お許しを頂けませんか?」
まだどこか、余裕がありそうに見えるが、隠しきれない欲が垣間見える。
『待て』は聞いても、『やめろ』は聞かないだろう。
(…いや、俺が言えば従うのだろうが、それは…少し、酷か…俺も、腹を決めねばならん)
熱に浮かされた頭で、ヴァルバトーゼはそう思った後、小さく息を吐いた。
「…わかった。もう『待て』は言わん…好きに、するがいい」
「それがどれだけ危険な煽り文句なのか、お分かりにはなられないのでしょうね……」
「何がだ?」
「…いいえ、何でもございません。それでは、お言葉に甘えましょうか──」
唇が、舌が触れ合う。
離れたシモベの顔は、すでにシモベではなく、ひとりの男に切り替わっていた。
今宵も、ふたりだけの時間が始まる。
悪魔には似つかわしくない、『愛してる』なんて言葉を、たまに交わし合いながら──その夜は、深まっていく。