続きはまた、二人で コントローラーを握って画面に集中する男と、ソファの背後から背もたれに肘をついて退屈そうに眺める男。二人の夜は今始まったばかりではない。もう見慣れた光景ではあるが、それでもジェイミーは耐えきれずに金色の頭へ顎を乗せた。
「いつまでやってんだよ、ルークくぅん?」
「だから今日は来るなって言っただろー?」
ルークは悪びれずに言い返した。のし掛かる体重が徐々に増えていくが、びくともせずにゲームを続けている。
「今度埋め合わせしてやるから」
「ちげぇよ、そろそろ休憩しろって言ってんの」
背から伸びた手がふにふにと控えめに両頬を揉む。思わず笑みを溢しながらルークは軽やかな手付きでボタンを連打した。次々と倒れていく敵キャラクターを暗い眼が見つめる。
「一気にやらなくてもいいだろ」
「もうちょっとでキリいいとこいけるから」
「それ、さっきも聞いたんだがぁ」
焦れた腕が太い首に縋りついた。
「終わらないんだよ」
そうルークが笑ってもジェイミーは眉を顰めたまま離さない。しかし暫くするとそれすらも止め、おもむろに散らかったベッドの上へ転がりにいった。
「もう知らね。いつまでもやってろ」
肘をついて横になり、薬湯を呷る。飲み慣れた苦い味が喉を走る。すぐに体へ火がついた。沸上がった熱を逃すように上着をはだけさせ、長い三つ編みまで解いて不貞寝の体勢に入る。ルークはそれでもほくそ笑んでいた、が――。
画面上の雲行きが怪しくなっていた。
文字通りの暗雲が主人公の頭上に広がる。やがてそれに包まれた暗転が終わると、僅かな灯りに照らされた館へ取り残されていた。気が付けば武器もない。嫌な予感がルークの脳裏に過る。
「ジェーイーミー……」
「あん?」
か細い声にジェイミーがのそりと起き上がった。ソファ越しの手招きが呼んでいる。
「寝るならこっち来い? な?」
「んだよ、お前もジェイミー様が恋しくなったか?」
重い髪を広げ、鼻歌とステップを刻みながら飛んできた体重がソファに沈み込む。ルークはすぐにその片腕を引き寄せた。待ってましたとばかりにジェイミーが両手を絡ませ、肩に寄りかかってくる。
「へへっ。ハナからこれでよかったな」
「そうだな……」
「けどよ」
じとりと酔った目がルークの僅かに青い顔色とゲーム画面とを交互に見比べ、盛り上がった肩に膨れた頬を押しつける。
「お前、どうせ怖そうなとこきたから呼んだろ」
「そんなわけねえだろ」
「声がデケェ」
反論を冷ややかな声で一蹴する。
少し前に一線を越えてからは互いの好き嫌いを共有する機会も増えていった。現状、ジェイミーがよく知るルークの嫌いなもの一位はホラーだ。特にゲームでは自分で操作しなければいけない分、余計に辛いらしい。
若干の不服を抱えつつも、ジェイミーは暫く見守ってやることにした。どう見ても先程までよりコントローラーを操る手付きがぎこちない。ゲームの主人公も辿々しい足取りで薄暗い館を進んでいく。影に、何かが揺らめいている。一歩踏み出す。顔のない人間が突如として現れ、一種のうちに消え去った。
「っうわぁ」
「ははっ!」
仰け反る男に背を丸めて朗らかに笑う男。そのコントラストがルークの心臓を余計に弾けさせる。
「わ、笑ってんじゃねえぞ!」
「笑うだろ。ほら、ちゃんと見てないと何かにやられてやり直しになるかもよ?」
「それは嫌すぎるな……」
一つのミスでチェックポイントに戻される、というのはこの手のゲーム展開によくある話だ。ルークは戦々恐々と進める傍らでその『お約束』をジェイミーに教えたのも自分であることを思い出した。相手はあまりゲームに触れるタイプではない。少年期を山で過ごした彼にとっては遠い世界のものだった。積極的に関心を示すようになったのは、当たり前にゲーム機が置かれているこの家へ入り浸り始めてからだ。
メニュー画面を開いて一旦休憩しながら、ルークは傍らのジェイミーに目を合わせた。
「なあ、お前ってさ、ゲームやるつってても来るじゃん」
「ん? おう」
「それって、見に来てんの? 何かやりたいものあんなら今度やってみるか?」
「いやあ、見てんのはそっちじゃねえ」
赤らんだ指先が逆側の頬に伸び、顎の傷跡を撫でる。そのまま引き寄せられた顔がジェイミーの額とぶつかった。鼻頭が擦れる。蠱惑的な瞳に青い海が揺れる。
「お前がおもしれーからだよ」
とどめに唇へ向かって吐息を吹きかけた。ルークのさっと顔が朱に染まる。それが愉快で笑った声がまた血を踊らせる。
「……ジェイミー、ちょっとどいてくれ」
「ああ? 今ンなこと言うときか? 空気読めねえな」
「違ぇよ、電源切るから一瞬待ってろ」
皺の寄った眉間を頭で押しのけ、ルークは手早くゲームを終了させた。ピ、と小さな電子音がゲーム機ごと眠らせる。コントローラーは適当に足元のローテーブルへ投げ、振り向いた途端に熱烈な口付けが襲った。
「ふっ、ムラついたかよ?」
酔った顔は満面の笑みに満ちていた。首を抱いた腕の下では素肌の胸を厚い胸筋に擦りつけ、ルークを無自覚に煽る。
「誰のせいだよ」
仕返しに両方の耳元を軽く擽ったが、ジェイミーは、
「オレさま!」
そう宣言して「にゃはは」と高らかに笑うだけだった。