温めてあげる(仮題) 不運というのは重なるものだ。
燭台切光忠は強風の中、みぞれ混じりになってきた冷たい雨に打たれながら懸命に避難小屋までの山道を歩いていた。
数日前のこと。
スマホを落としてしまって画面が割れ、車は車検したばかりなのに故障し、向こうから告白してきたから付き合っていた彼女には浮気され、マンションのインターネットは調子が悪くて一向に繋がらず、出勤したら会社が倒産していた。
貯金だけはそこそこあったから、失業保険をもらいながら次の仕事は慎重に探そうと決めて、鬱々した気分をリフレッシュしようと久しぶりに山に登りに来たのだ。
早春の山の空気は爽やかで、木々の新芽が膨らみ始めている。平日だし観光地化されていない山なだけあって、ほとんど他の登山者には出会わなかった。無心で山頂を目指していると嫌なことを忘れられる。
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