読唇術 早朝の廊下を歩いていたら、薬草が入った籠を抱えた実休さんに出会う。今日は梅雨の晴れ間で天気がいいから、日当たりのいい場所に薬草を干すのかもしれない。
「実休さん、おはよう」
声を掛けると、実休さんは僕をまっすぐに見つめて、柔らかく微笑んだ。
『お は よ う』
ゆっくり、はっきりと彼の唇が動く。だけれど、微かな吐息の音しか聞こえない。
僕の本丸の実休さんは、声を出せなかった。
連隊戦の報酬として本丸に来た実休さんの顕現には、僕も立ち会っていた。
桜が舞った後に、唇を動かした実休さんは、声が出ないことを知って、困ったように眉を下げた。
こちらが話す言葉の内容は聞き取れるし、理解してくれている。けれど、実休さんの記憶は焼けたせいなのか一部欠落しているらしく、筆記具を渡しても文字が書けなかった。
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