青葉、微笑む チチ、チチチ。
アラームと一緒に、鳥の声が聞こえる。
(朝かぁ)
目を開けると、細い格子模様の欄間から、朝日が差し込んでいた。起き上がって目覚ましを止め、布団の上で伸びをひとつ。寝起きだけど、意識はもうはっきりとしていた。寝起きの良さには、もともと自信があった。けれど、最近はさらに調子がいいみたい。ゆっくり布団で寝ているからかな。今すぐにでも働けそうな気がする。
布団をさっと片付けて一階におりた。雨戸を開けると、庭では紅葉や桜、南天が風にそよいでいた。
(気持ちよさそうだぁ)
縁側のガラス戸を開けてみる。すると吹き込む風に、髪や寝巻きの裾がふわりと揺れた。僕は目を細めてしばらく風に吹かれていた。
縁側を伝って洗面所へ向かう。渋い焦げ茶の木の廊下はひんやりとしていて、洗面所へ着くころには足が冷たくなっていた。やっぱり、家って広いなぁ。家の中に水道があるのは、便利でありがたいけど……。蛇口をひねると、きれいな水がすぐに出てきた。冷たい水で顔を洗いながら、夜にくんでおいた水の使い道を考える。ため水自体もういらないのかもしれないけど、まだ止めるまでは踏ん切りがついていない。
身支度をすませて、来た道を戻る。明るい縁側から階段のある薄暗い室内に入ると、視界がぼやけた。慣れるまでの間は、起きてるのにまだ布団の中にいるみたいな感じがして、少しだけ居心地が悪い。僕はある程度見えるようになったところで、階段をのぼるスピードを上げた。
アリスくんの部屋の前に着く。僕は大きく息を吐いて吸った。アリスくんの部屋のドアを開ける時は、いつも緊張する。だって今の生活は、夢みたいだから。扉を開けたら、いつものテントで目が覚めてしまうかもしれない。心がざわついているのか、風で窓がかたんとなる音が、やけに大きく感じられた。
ノックしてドアを開ける。すると、ほのかにハニーミルクティーの香りがした。アリスくんの好きな紅茶の香り玉と、ミルクの匂いが混ざった香りだ。
「おはよう」
ベッドの上に吊るした天蓋を開くと、アリスくんはベッドの端に腰掛けていた。ナイトキャップが少しだけ乱れているのが、かわいい。
(待っててくれたのかな)
そう思うだけで、気持ちが浮き足立つ。目が合うと、アリスくんが「おはようございます」って言うみたいに微笑んでくれる。その瞬間、ぶわっと頬が熱くなった。うっとりして、足元もふわふわして、やっぱり夢かなと頬に手を当てる。まだほてる頬をつねると、アリスくんが不思議そうな顔で僕を見つめた。
「へへ、顔洗って着替えておいで」
恥ずかしくなった僕は、アリスくんに朝の支度を促した。アリスくんはうなずいて、お行儀よくベッドを降り、部屋を出ていく。てとてと、とかわいらしい足音を聞きながらベッドメイキングをすませると、僕は早足でキッチンへと向かった。早くミルクをあたためなくちゃ。
僕がコンロの火を止めるのと同じタイミングで、アリスくんが食堂へやってきた。
「かわいい~。今日はセーラー襟のにしたの?」
僕がほめると、アリスくんは恥ずかしそうにはにかんだ。きらきらと光る赤い目は、アリスくんの嬉しい気持ちを僕に教えてくれる。僕もうれしくなって笑う。すると、タイミングを合わせたみたいにトースターがチンとなった。
「今、ミルク出すから」
アリスくんがイスを引くのを横目に、僕は人肌に温めておいたカップにミルクを注ぐ。湯気とともに甘い香りが食堂へ広がった。ソーサーには銀色のスプーンと香り玉をひとつ添える。
今日は薄い青色の地に、シロツメクサの描かれたカップを選んだ。住んでいた人の趣味なのか、食器棚にはカップとソーサーのセットがたくさん置いてあった。僕はステンレスのマグ一つしか持っていなかったので、これには本当に助かった。プランツに一番必要なのは愛情とはいえ、アリスくんにはできるだけ、お店にいた時と変わらない衣食住を用意してあげたかった。
「はい、どうぞ」
カップをサーブすると、アリスくんがお辞儀をしてくれた。僕は自分の食事をプレートに盛ると、アリスくんの向かいに腰掛ける。テーブルにカップひとつと大盛りのプレートが並んだ。こうして食べ物を比べると、アリスくんはドールなんだなぁ、と改めて思う。
「いただきます」
僕の手が皿へ、アリスくんの手がカップの持ち手へ、と伸びる。持ち手をつまんでカップを傾けるアリスくんは、貴族の子どもか王子様みたいに優雅だ。僕も姿勢を伸ばしてトーストをかじる。この家に来てから、もうすぐ一ヶ月が経とうとしていた。