僕のスイートピーちゃん部 ベッドサイドのテーブルに、花を生けた。
薄紫の花弁がフリルのように柔らかくカールして、すっと延びた茎の左右についているさまは、ふわふわと蝶が舞うかのよう。
徹郎さんはベッドの中から花を見ている。
「スイートピーか」
「大通りの花屋さんで売ってたので」
「好きなのか?」
「ええ」
僕はベッドのふちに座って答えた。
花言葉を知ってから、僕はこの花が好きになった。もうずいぶん遠くなった、N県での二人暮らしと突然の『別れ』。そのあとのT村での暮らし。クエイドへの『門出』。スイートピーの花言葉は、僕にいろんなことを思い起こさせる。『やさしい思い出』として。
「可愛い花でしょ?」
徹郎さんは、フムン、と曖昧な返事をする。『やさしい思い出』のいちばん最初にいるひと、長きにわたり『私を忘れないで』いてくれたひとは、わかってなさそうな顔で花を見ている。
僕はベッドに入ると徹郎さんの隣にくっついて、小さい声で言ってみる。
「僕のスイートピーちゃん…」
「ブハッ!」
おっと、昭和の男のリアクションだ。
「なんだ、そりゃあ……」
僕は徹郎さんの耳元でたたみかける。
「僕のスイートピー、ヴィンダルー、サグパニール、パリップ、チキンティッカマサラ……」
「スイートピー以外全部カレーじゃねえか」
徹郎さんは片手で目元を覆って笑った。横から見ると顔が赤いのがわかる。
「食べちゃいたい」
「スイートピーは毒があるぞ」
僕がシーツのあいだの厚い胴体に触れると、笑うたびに腹の筋肉が震えていた。徹郎さんは僕の肩に腕を回した。徹郎さんと僕はベッドで抱き合ったまましばらく笑っていた。
スイートピーには花の色ごとに花言葉がある。徹郎さんとの平穏な時間。それは僕にとって紫のスイートピー、『永遠の喜び』。