【迅嵐】無題 悲しいことがあった。それは不測の事態などではなく、予め視えていたことだった。
常ならばあちらこちらへと手を回し、それを回避するために尽力したことだろう。けれども今回の件に関して言えば、例え視えていようがいなかろうが、どうしたっておれの力ではどうすることもできない案件だった。
「なーにが未来視のサイドエフェクトだよ。どうしようもないもん視せやがって」
ケッと吐き捨てるように独り言ちたそれは、普段の自分からは有り得ないほどに荒っぽい口調になっていたが、別に誰が見ているわけでもない。ハァ、と肩を落として大きくため息を吐きながら歩いていると、不意に後ろから襟を掴まれた。
「あ」
「んえぇ?」
引き留めようとした手と前進するおれに挟まれた隊服の上着が、ズルリと肘の辺りまで脱げ落ちる。その感触とシャツと上着の間で僅かに籠っていた熱が抜けた感覚で実に情けない声が出た。
「お、追い剥ぎ………?」
「いや。まさか脱げるとは思ってなかった」
そこには「悪いな」と言いつつも全く申し訳なくなさそうな表情で謝る嵐山がいた。
「もっと普通に呼び止めてよ。スゲーびっくりするじゃん……」
「確かに驚かせようかと思ってたけど、迅には効かないだろうなって思ってたんだ。だからそんな反応されて逆に驚いてるんだが」
「別におれは何でもかんでも視えてるわけじゃないからね? 視えてなけりゃそりゃ驚くよ」
「それもそうか」
納得した表情をする嵐山に「そうそう」と適当に相槌を打ちながら嵐山に剥かれた上着を着直していると「で?」と、嵐山が切り出した。
「何があったんだ?」
「え?」
「さっき歩きながら『どうしようもないモン視せやがって』って言ってただろ? しかもかなりやさぐれた感じで」
誰にも見られていないと思っていた上での行動だったので、よりにもよって嵐山に見られていたと言う事実に居たたまれなくなる。
「わ、忘れて……」
「迅が正直に話すなら考える」
これは正直に話しても忘れてくれないパターンなのでは? と内心思ったが下手に突っ込まないことにした。