頭がいい灰原くん灰原雄は頭がいい。それを知ったのは中間テストが返ってきた時のこと。いつもと変わらぬ顔で全教科満点のテスト用紙を手に「考えなくてもわかるよね?」などとぬかしてきたからだ。物事を深く考えないと常日頃言っているがなんてことはない、単に考えなくても『わかる』人種なのだ。そんな彼が呪術師になった理由は常人には到底考えつかないものだった。
「人や呪いって何を考えているのかわからないから好きなんだよね」
朗らかに笑う彼はどこまでも純粋で、美しかった。
「ここ、抜け道があるよ」
「足!足を狙って!」
「七海、今日体調悪い?顔色がいつもと違うけど」
『物事をあまり深く考えない』彼は謎の力で全てを見抜いてしまう。初見の場所の地理も、敵の弱点も、私の体調の変化も。その能力を惜しげもなく発揮し手を差し伸べる姿はさながら神のようだ。自分と違いすぎる存在に恐怖し、嫌いになれたらどんなに良かっただろう。その快活さ、底知れぬ明るさに救われると同時に惹かれるのは必然だった。
***
なんてことはない二級任務。補助監督がおろした帳の中に入り歩を進める。先を歩いていた灰原が突然足を止めた。
「灰原?」
「七海」
笑顔で振り向き私の名前を呼ぶ。こんな時に笑ってないで目の前の任務に集中するぞ。そんな小言を言う前に彼から伝えられたのは、予想だにしない言葉だった。
「ごめん七海、僕はここで死ぬ」
「は?」
「この先にいるのは二級呪霊じゃない。もっと上の…最低でも一級だ。僕たち二人じゃ倒せないし、生きて帰るのも難しい」
「どうしてそんなことが」
「考えなくてもわかる、っていつも言ってるでしょ?」
あんまり物事を深く考えないからね!と何故か胸を張る。
「なら、今から二人で逃げれば…」
帳の外には補助監督がいる。そこまで帰れば援軍を呼んでもらえるだろう。
「だめだよ、もう相手も僕らの存在に気づいているから逃げられない。…二人では、ね」
「それなら!」
「僕が敵に突っ込むから補助監督さんの待機場所に向かって。大丈夫、足か頭のどっちかは吹き飛んでそっちにいくと思うから、手ぶらでなんて帰らせないよ!」
目にも止まらぬ速さで身体強化をした灰原は私を帳の外へと投げ飛ばした。最後に聞いたのはいつもと変わらぬ君の声。
「じゃあね、後は頼んだよ」
***
灰原雄は馬鹿である。自分が死んだ後、残された方の気持ちなんて考えようともしないのだから。