微笑ましい恋この学校には普通科棟、旧美術棟の間に教員棟という選択科目の教室や職員室の入る棟がある。七海と灰原はその距離故に昼休みと放課後しか会えないのだが、今日は違った。灰原が昼飯を忘れたために職員棟の売店に向かった所、選択科目の教室へ移動中の七海と遭遇したのだ。
「七…」
見つけて声をかけようとしたが途中で口を閉ざす。七海が女子生徒からマフィンを手渡されたからだ。貰おうと思ってではなく半ば押し付けられる形のそれは、女子生徒が走り去ってしまったために返すこともできず、七海の手に収まっていた。
「なーなみ」
「…!?灰原!あの、これは」
「わかってるよ、見てたもん。でも、面白くないよね」
七海の手からマフィンを奪い取り簡易的に留められた封を開ける。止める暇もなく頭からかぶりついた。
「うーん、美味しいけど、七海には甘すぎるかも」
「…灰原」
「食べたかった?」
「いや」
「今度作ってきてあげるから拗ねないでよ」
「そうじゃなくて、その…」
伏し目がちの顔は、怒っているというより、照れている時のそれだった。
「そんなにやきもちを焼かなくても、食べないし他なんて見ていない」
「べ、別にやきもちじゃないし!」
予想外の言葉に動揺する灰原に七海は笑みを深くする。甘酸っぱい空気が二人の間を駆け巡った。
***
「気まずいからむしろ教室でやってくれ…」
購買戦争を勝ち抜いた灰原のクラスメイトは、時間の流れが違う二人を横目にため息をついた。
***
「やったー!灰原くん食べてくれた!」
「あんたも策士だね。灰原くんに食べてほしいから七海くんに渡すなんて」
「だって灰原くんに直接渡しても七海くんが勝手に他の人に譲っちゃうんだもん!でもよかったー!目の前で食べてくれるなんて今日はついてる!」
「そう…」
「あ、別に二人の仲を裂こうとか思ってないからね!?灰原くん単推しなだけだから!」
「そう…」