ノンケの灰「彼女が欲しい!」
職員室で叫びながら項垂れる後輩に夏油は声をかけた。
「荒れてるね、今度は何があったの?」
「聞いてくださいよ!」
灰原は涙目になりながら夏油に縋り付く。
「昨日合コンだったんですけど、女の子と話は盛り上がるのにその先に進めなくって、しかも後から何故か男友達から『お前もう呼ばない』なんて言われちゃうし」
「そっかー。ところで首元が赤いけどどうしたの?」
「これですか?一昨日、七海の家に泊まったら虫に刺されたみたいで」
灰原はため息をつきながら首元を押さえる。その手に収まりきらない赤い痕から彼女持ちと思われたんだろうなと夏油は真相を察したが、本人に教えることはしない。背後に現れた男が怖いから。
「お疲れ様です」
「七海、おつかれ」
「ねえ七海!?僕ってそんなに魅力ない?」
夏油から離れて七海の胸に飛び込む。小首を傾げて上目遣いで尋ねるその姿に、七海は一瞬息を詰まらせた。
「…何を言ってるんだ、そんなわけないだろう」
「だよねえ!?」
「だからライバルは全力で叩き潰す」
「え?」
「何でもないです」
最近本音を隠さなくなってきたなと夏油は考察する。
彼らが出会って早十年。彼女が欲しい灰原とそれを阻止する七海の戦いは灰原本人の知らぬところで熾烈を極めていた。
***
「灰原はなんでそんなに彼女が欲しいの?」
「彼女がいたら楽しいじゃないですか」
気まぐれで七海に助け舟を出すことにした。
「私は灰原といるの楽しいよ」
夏油の意図を汲み取ったのか、七海も話に乗ってくる。
「僕も七海といると楽しいよ!でもそうじゃなくて、一緒に買い物に行ってご飯食べたり…」
「今度のオフに灰原のスニーカー買いに出かける約束しただろう」
「記念日祝ったり!」
「先週の誕生日会の後、私の家での二次会を忘れたか?」
「いちゃいちゃしたりさ!」
「寝ぼけてよしよしされたときはどうしてやろうかと思った」
七海の反論にぐぬぬと言葉に詰まるがすぐに持ち直した。
「…僕、七海に恋人ができたらひとりぼっちになっちゃうよ!」
「…恋人?」
灰原の発言に疑問を呈す。
「彼女ではなく?」
「七海すごくモテるから僕の所に男女関係なく相談が来るんだ」
彼氏ができる可能性も捨てきれないよ!と力説する。
「灰原はどうなんだ?彼氏じゃダメなのか?」
「うーん…考えたことはあるんだけど…」
腕を組み苦悶の表情を浮かべた。その様子を見る七海の瞳は期待に満ちている。
「七海以上に好きになれる相手が思い浮かばないんだよね」
「だったら…!」
「わかってる!僕が七海好みの清純黒髪短髪鈍感元気っ子になれるとは思ってないから!」
「なにそれ」
「七海の秘蔵のAVタイトルですね!」
七海が本懐を遂げるのはまだ先になりそうだ。