言葉が足りないし、頭が固いあの日から灰原に避けられている。そうでなくても彼と何を話せばいいかわからない。手詰まりになった七海は、夏油に助力を願った。
***
「一目惚れ以外の恋の始まりもあるんだよ」
七海から相談を受けた夏油は灰原と話をした結果、二人の価値観の違いに切り込むことにした。
「恋愛は必ずしもロマンチックな物ではないからね。一緒にいて少しずつ育っていく愛もあるんじゃないかな」
夏油の言葉に灰原は不満気に口を開く。
「僕は、はじめて会った時から七海のことが好きだったのに」
「先に惚れた方が負けだよ、灰原」
好きになるまでのタイムラグ。多分だが灰原は直感で互いの相性を理解していて、七海は気がつくのが遅かった。
「ほぼ同時に会った五条さんには惚れてたくせに」
「惚れてた、ねえ」
あれはどちらかと言うとキラキラした物珍しい物を見て目を輝かせる子供だったと当時を振り返る。
「例えるなら悟は美術品。見ていて綺麗だけど手に入れるのも維持するのも大変。七海も悟のことは恋愛感情では見てないと思うけど」
「だけど、僕はあのときの瞳こそ七海の恋の形だと思うんです」
尊敬する夏油の言葉でも、灰原には届かなかったようだ。
「僕は、七海にとっての美術品になりたかった」
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「私にできるのはここまでだよ」
夏油からの報告を受け、七海は策を練った。
***
数日後、七海は灰原をとある場所へ連れて行った。
「美術館?」
「ああ」
死後の世界ってなんでもあるなと感心しながら灰原はあることが気になった。
「電気ついてるのに暗いね」
「美術館だからな」
作品保護のために灯りは最小限にしてあることが多い、と七海が説明する。
「美術品は取り扱いが難しくいから、こういう場所で展示されたり保管されたりすることが多い。私は灰原のことを、どこか遠い場所にあるものではなく側にいる存在でいてほしいと思っている」
「五条さんは?」
想定内の質問に七海は落ち着いて対応する。
「あの人は特別だ。大人しくケースに収まる存在じゃないし、下界にさらされて簡単に壊れるような玉じゃない」
「トクベツ…そっか、わかった」
七海の話に納得したのか、灰原はうなずく。七海は自分の気持ちが伝わったと勘違いをして胸を撫で下ろした。
***
永遠に死後の世界に留まることはできず、呪術が存在しない世界に転生した。以前の知り合いには会えずに成人を迎えたある日、結婚式への招待状が届いた。差出人は…。
「五条さん、お久しぶりです」
「よお」
花婿にも関わらず、ロビーで七海を待っていたその人は前世での先輩である。案内するよという言葉に素直に従った。
「それにしても、五条さんが結婚をするなんて。お相手はどんな奇特な人ですか?」
「俺と傑の関係を了承してくれて、後継ぎだけ産んでくれる奴」
「…随分と五条さんに都合の良い人ですね」
「まーな、着いたぞ」
扉の前で立ち止まりノックをする。中から返ってきた声には聞き覚えがあった。
「七海!久しぶり!」
扉が開くと同時に振り返ったその姿に目を見開く。心なしか体温も上がった気がする。丸みのある黒髪と純白のドレス姿に見惚れてしまった。
「…灰原…?」
「そうだよ!女性に産まれたから気づいてもらえないかと思ったけど、杞憂でよかった!」
顔つきは昔のまま、体型だけ女性らしいフォルムになっている。そのアンバランスさに頭が混乱してきた。
「どうして…?」
「ん?」
「どうして、五条さんと結婚を…?」
灰原にとって彼との結婚の利点はなんだ?という疑問は、彼女の口から告げられた。
「特別な美術品の付属品になれば、僕のことも美術品として見てくれるでしょ?」
今までにないほどの満面の笑みを浮かべた彼は、とびきり美しかった。