花陰に舞う パタ、タタ トン。
「————……?」
小さくタシタシとなにかを叩く音がふいに耳の中に飛び込んできて、懐かしみながら手繰っていた古い英雄譚の世界から引き戻されてしまった。思わず上げた視線が宙を彷徨う。今日も暖炉のそばに置かれた座り心地の良い長椅子に陣取って、香りのよい茶を伴に静かな部屋へ置いてきぼりにされ退屈を享受していた矢先。食料が心許なくなったからと日も明けないうちから町へ降りてしまったテランスが帰ってくるにしては早すぎるし、かといってこんな辺鄙なところにある家を訪ねてくるのなんて、かつて世話になっていたシドの隠れ家絡みの人間か、あるいは定期的に薬を届けてくれるキエルくらいではあるのだが。そうにしたって木製の扉を叩くのにこんな澄んだ軽い音はするまいよと訝しく思って、静寂を割いた音を探しがてら凝り固まった肩と首を回し家の中を一周見まわすと、再度。
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