世界はまだきみを知らない 談話室の空気はぬるい。
ひとの気配がまだあちらこちらに残っているような、けれども八時を過ぎたいまあたりにひと影はない。
廊下のさきにはいくつか馴染んだひとの声が、それも次第に遠ざかっていく。
平はソファに腰かけている。
テーブルにはマグカップがひとつ、白湯をさまして淹れてある。なにやら気に入らないことがあったらしい、同室の住人が妙にぴりぴりしていたので退避してきたところだった。
黙々と筋トレをする阿久津の姿をおもいだし、ちいさく笑う。あの癇癪玉を気遣う日々ももうすぐおしまいとおもえばいっそ感慨深い。
暇つぶしがてら文庫本の頁をながめていると、そのとき背後で声がした。
「なにしてるんだ」
「高杉」
なまえを呼べば、ああときまじめな返事がある。風呂上がりらしい、すこし上気した首筋にタオルがかかっている。
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