無情 水木さんはああ見えてボクと鬼太郎をはっきり区別している。それは単純に食事の質や小遣いの多さではない。むしろ目に見える範囲のすべてはとても平等だし、自分を差し置いてボクや鬼太郎を優遇しているようにすら感じる。一番風呂は父親のもの、なんて常識すら特段気にしないようで「熱い内に湯船に浸かりなさい」と率先してボクたちを入れようとする。「この家は隙間風がひどい。冷えないようにね」といいながら、彼は沸騰しない程度にやかんを熱し、鬼太郎の親父さんのために茶碗に湯を注いでやる。正直ボクは貧乏を除き、この家での待遇に不満はない。
あれは鬼太郎が脱衣所に脱ぎ捨てたちゃんちゃんこを拝借し、追加の小銭をねだろうとしたときのこと。ボクの見た目は本当に鬼太郎そっくりで、ねずみ男なんかは今でも頻繁に見間違う。例え生活を共にしても、アレに愛情を向けているようには見えない水木さんを騙すのも造作ない。そう企んだボクはほくそ笑み、台所で洗い物をする水木さんの腕を引っ張ったのだ。
「ねえオジサン。ボク、あの偽者と同じは嫌です。小遣いも一緒だなんて」
「……急にどうしたんだい」
蛇口の水が止まる。心配するような低い声音にしめた、と思った。
「アイツは赤の他人ですよ。ボクたちとは違うんです」
水木さんの重い瞼がパチパチと何度も瞬く。それから膝に手をつき腰を屈めて「そうか。気づいてやれずにすまなかった」といった。伏せた睫毛がふるふる震えて悲壮感が漂う。てっきり小言を並べながらも財布に手を伸ばすだろうと考えていたのに、少しばかり罪の意識が生まれる。そんなに思い詰めなくたっていいのに。水木さんは俯いたまま動かず異様な無言が胸をチクチク刺す。埒が開かない。もうさっさと謝ろうと口を開いたとき、まともに視線がかち合った。その両目には憐憫と固い決意が宿っている。
「でも、楽しめない冗談で大人を揶揄っちゃいけないよ」
肩に置かれたてのひらがゆっくり背中を撫でる。
「寂しいなら君だけの家族を見つけるといい。それまでは家に置いてあげよう」
残念だけど父親にはなれない、とぎこちなく笑う水木さんの目の奥にボクはちっとも映っていない。引き攣った笑みを形作る姿に心の繊細な動きは感じられず、まるで親切の皮を被り常識を遂行するだけの人形のようだった。──そして気づいてしまった。水木さんにとってボクは“もてなすべき客人”に他ならない。彼の特別なテリトリーの内側は一つの目玉と一人の命だけで構成されていると。
水木さんはボクと鬼太郎を絶対に間違えない。それは水木家という家族めいた集団を維持するための、歪な本能。