「いますぐきて」のメッセージに、何事かと合鍵を使って彼の部屋に訪れた俺の目に飛び込んできたのは、机の上に並んだ空になったソジュのボトル。その隣にはショットグラスの他にビールやアイスティーが並び、色々な飲み方を試してあっという間にボトルを開けてしまったのだろうと推察できた。その光景に目を瞬かせていると、キッチンから氷の入ったグラスを片手にご機嫌で現れたスハに視線を移し、予想以上に酔った様子に珍しいな、と内心訝しむ。
「浮奇〜!いらっしゃぁい、来てくれたの?うれしい〜」
ふわふわとした口調と少し覚束無い足取りにハラハラしながら咄嗟に手を伸ばせば、満面の笑みを浮かべたスハが覆い被さるように抱きついてきて、その勢いに思わず半歩下がると肩に回された腕の力が強くなり捕らえるように抱え込まれてしまう。
「…にげないで。離れようとしないでよ」
少し幼く聞こえる甘えた声で告げられると何故か胸がきゅっと締め付けられ、アルコールで体温が上がった背中に腕を回し掌を弾ませ宥める。それだけで喉奥を震わせ笑う恋人についこちらの頬も緩み、嗜める声音まで少し甘さを含んだものになってしまうけれど、これはもう仕方がないと思う。
「そうじゃなくて、ちょっとふらついただけ。ほら、危ないから座ろう?」
「ん…浮奇も一緒?」
「一緒に座るから、ちょっと離して?このままだと二人して転んじゃう」
名残惜しそうにそろりと身体を離しながらも完全には腕を解かない様子に片眉を跳ね上げ、身を屈めて腕の間から身体を抜いてスハの背後に回る。そのまま軽い力で背中を押しながら少し先のソファへ向かい強制的に座らせてから、素直な良い子にはご褒美、と身を屈めて頬にキスをしてあげると、途端に嬉しそうににこにことするのがまた可愛くてたまらない。
「うき、浮奇。ここ。私のおひざおいで」
少し氷の溶けたグラスをテーブルに置いて、自身の太腿を何度も叩きながら辿々しい口調で招く可愛らしい恋人に逆らえるはずもなく、わざとため息をついて仕方ないな、とでもいう体を装って近付けば、俺が腰を下ろそうとするよりも早く腕を引かれとっさに目を閉じ身構えたけれど、大した衝撃もなくスハの太腿の上に迎えられてしまった。
危ないことをするなと咎めようとした矢先、背中と膝裏に腕を通され、膝の上でお姫様抱っこをされるような体勢でぎゅうぎゅうと抱え込まれてしまい、満足そうに笑う姿にすっかり気が抜けてしまう。
「スハがこんなに酔うなんて珍しいんじゃない?ずっと一人で呑んでたの?」
「…一人だったよ。私は浮奇と違うから」
「んー…?なぁに、それ」
どこか拗ねたような声音で返された答えに首を捻り顔を覗き込もうとすれば、俺の首元に顔を埋めぐりぐりと額を押しつけ唸り声を上げられた。
「…今日、カフェで一緒にいたのだれ」
「カフェ?…今日は一人だったけど……あ、途中で少し昔の知り合いと話したけど、もしかして彼のこと言ってる?…ふふ、だったら勘違いだよ。彼はたまたま会ったから挨拶しただけだし、愛妻家だから」
「……ほんと?」
ようやく上がった顔を覗き込めば、僅かに目元が赤く火照っていて、泣いた後のようにも見える。違うとは分かっていながらもそっと指先で撫でて、眦が湿っていない事を確かめると 自然と安堵のため息が漏れた。
「俺がスハ以外の男の人とデートしてたんじゃないかって疑って、それでヤケ酒してたの?」
「……だってぇ、」
「でもスハも色んな人と仲良くしてるよね。スハはそんなつもりないのかもしれないけど、俺だって妬いてるんだよ?」
「…んへ、」
「何笑ってるのかなぁ、この子は」
目元をなぞる俺の手を取って緩んだ口元を隠すように掌に口付けるスハの鼻を軽く摘むと、「ん"にゃー」と鳴きながらも嬉しそうな様子が隠し切れていなくて、咎めるようにもう一度きゅっと指先に力を込めたことで眉根が寄せられるのを見て溜飲を下げ、お仕置きをする手を離す。
「DVだぁ。浮奇の暴力彼氏ー、ちゅーしてくれないと訴えてやるー」
「ん、ふふ。それは困るかも。許して、honey?」
「どうしようかなぁ…いっぱいちゅーして、私のどんなところが好きか10個教えてくれたら許してあげても良いかもね?」
下手に出た俺に対して、さらにエスカレートして返ってきた要求に声を上げて笑えば、すっかり機嫌を直した有頂天なスハに再び抱きしめられてしまう。
この僅かな間に呆気なく存在を忘れ去られたテーブルの上のお酒達を一瞥し、スハの顎に手を掛け引き寄せると少しカサついた唇を啄んで「たった10個で満足なの?」と囁き、下唇を甘噛みした。