に『……やっほう、ジュン』
どうせおひいさんのやかましい声が聞こえてくるんじゃないかと構えたオレの気を抜く、心地良い声。
「ナギ先輩! お疲れさんです!」
まだ完全に気は抜けないけれど、きょうはとりあえず横からおひいさんが会話に入ってくるような気配はない。
『……うん、お疲れさま。あのね、きょうは茨の誕生日なんだ』
「え、あ、はい」
もちろん知ってる。戻って祝いたかった気持ちだって大きくて、けれどそれはスケジュールが許さなかった。メッセージは送ったけれど、何回かかけた電話には出てもらえなかったから、誕生日当日だし忙しいんだろうと思っていた。
『……それでね、珍しいのだけれど、少し飲み過ぎてしまって。今は日和くんが見てくれているよ』
そっか。おひいさんとナギ先輩といたなら安心ですねぇ。
『……ジュン、何度か電話をしてくれていたみたいだから。眠ってしまったから、きょうは折り返せないと思って、私が代わりに電話したんだ』
「あ~。気ぃ使わせちまってすんません」
『……ううん。後で寝顔の写真を送っておくね』
「えっ、叱られますよぉ?」
『……構わないよ』
茨もそんなことで本気でナギ先輩に腹を立てたりはしないだろうけど、あまりにも平然と「構わない」と言われたものだから少し笑ってしまった。オレとは話さないまま誕生日を終えるんだから、まあ写真の横流しぐらいはしてもらったって罰は当たらないだろう。ありがたく受け取ることにして、しばらく軽く雑談を交わした。
『……だからひなたくんとゆうたくんが代わりに運んでくれたんだ」
「あはは、相変わらずっすねぇ~? きょうは楽しそうでした?」
誕生日パーティーの様子が、ナギ先輩の声でゆったりと語られるから、軽い気持ちでそんなことを尋ねたのは、オレもその光景を一緒に見ていたような気になってしまったからだ。一瞬、ぽかりと空白のような間があって。
『……ううん、寂しそうだった、かな』
ナギ先輩の返答に、すぐには何も返せなかった。オレが言葉に詰まったのを察したとしても、ナギ先輩ならただ静かに待っていてくれる。ようやく絞り出した「すみません」を、伝えるのはこのひとでよかったんだろうか。
オレの謝罪の言葉に、ナギ先輩は本当に静かに、囁くみたいに言った。
『……ごめんね、ジュン。意地悪なことを言ったみたい』
「いや……」
オレのほうこそ。茨が楽しく過ごせたなら良かった!とスッキリするつもりでいたのかもしれない。
オレはまた何もあげられなかったな、と唇を噛み締める。その日は日本にいたとはいえ、茨はオレの誕生日を直接祝ってくれたのに。『くれた分だけ返す』なんて言ったくせに、あいつはやっぱり何だかんだ優しい。
電話の向こうからはおひいさんの『凪砂くんが謝ることなんかないね!』って声がハッキリ聞こえてきたけれど、当然茨の声はひとことだって聞こえてこない。