2024.05.29
空気が揺れている。なにか音がする。それに誘われるまま瞼を上げると、夕陽が淡い金色を輝かせている。
「はぇ」
間抜けな音が出た。眼前にほとんど見る機会のない光景があったからだ。寝起きで油断したのと見とれたせいで、つい口がゆるんでしまった。
「燐音先輩? 起きたの?」
咄嗟にもう一度眠ったふりをする。どうしてってそりゃあ、この時間の終わってしまうのが惜しいから。
さっき見上げたのは少年のおとがいで、俺を呼ぶ声だってよく知っている。寝かせられている暖かいのは藍良の腿だった。おまけに、頭まで優しく撫でるサービス付き。さっき聞こえたのは鼻歌だろうか。やけに機嫌が良さそうだった。
「ん〜? あれェ、いま声がしたのに……?」
睡眠時の再現をしようと呼吸を抑えながら記憶を遡る。仕事終わりの休息にと、旧館へ忍び込んだ時には誰の気配もなかった。それで気を抜いたのか、実家よろしくかつての私室で眠っていたところに来たらしい。そう深く眠るつもりはなかったのに、この子の気配に安心でもしていたのだろうか。
いつ目覚めよう。藍良はもう私服に着替えていたから、少しくらい引き止めたって構わない。二人の時間を喜ぶのは彼だけではないのだから。
寝返りのふりで腹に頬を擦り寄せる。くすぐったいのか、驚いたのか、薄い体が震えた。藍良はどんな顔をしているのだろう。寝言としてごまかさず、開き直って見てやればよかった。
「……あと十分したら起こすからね。おれ、そろそろお腹すいちゃったんだから」
ああ、これ、狸寝入りってバレてるな。じゃあいいか。首裏に腕を回して引き寄せる。あんまり柔軟させると背中を痛めるってんで、遠慮してちょっとだけ。
「目覚めのキスはくれねェのかよ、ハニー?」
「起きてる時にしろって怒るから、あとでやったげる」
「……ははっ! 合格判の代わりに、燐音くんからしてやろっかァ?」
「グゥ……! 今日はいいっ、今度ちょうだいっ!」
頭上で照れ隠しのしかめっ面が赤と橙に染まっている。ずいぶん素晴らしい光景だ。