君が隠してるもの、僕も持ってるよ ギノとつるむようになって一ヶ月が過ぎた。最初こそやめたほうがいいよとアドバイスをしてくれる友人たちも多かったが、それらを全て無視していると何も言われなくなった。それでも彼らは全国一位ってラベリングされた俺に話しかけてきて、ギノをなかったように扱い、これまで通りに振る舞った。明日のテストはどうする? 考査のことどう考えてる? 将来何になりたい? 狡噛なら楽勝だもんな、官僚にだってなれるよ。分かりやすいお世辞に分かりやすく笑顔を返しながら、俺はギノのことばかり考えた。ギノは俺が話しかけるたび嫌がって逃げようとした。俺がまるで下心があるみたいに、これは俺の勝手な推測だけれど、魅力的な優等生役をするために自分に話しかけているように見せているんじゃないかと思っているようで、俺が何かを話すたびに伊達眼鏡をかちゃかちゃと鳴らして嫌そうに顔をしかめた。それは一ヶ月経っても、二ヶ月経っても、三ヶ月経っても変わらなかった。変わったのは彼が俺を振り払って、その時俺が怪我をしたからだった。ギノは顔色を変えた。周囲に同級生はいなかったからギノがいじめられることはないだろう。ただギノの少し長い爪は俺の目元に引っ掻き傷を作って、鉄くさい血の味がした。ギノは動揺していた。彼はいつも言葉で人を傷つけていたけれど、自分が殴られでもしない限り誰かを殴ることなんてない人間だった。そして俺はその時思った。あぁ、ようやく関係が変わるんじゃないかって。
ギノに怪我をさせられたと言っても、傷は小さくバンドエイドを貼れば分からないくらいだった。でも、その時からギノは変わった。俺が昼食に誘えば素直についてくるようになったし、放課後に廃棄区画に遊びに行くようになった。どうしてそんなに素直なのかは分からない。俺がギノに怪我をさせられたってみんなにばらすとでも思っているんだろうか? もしそうしたら彼の学園生活は駄目になってしまう。もともと人と距離をとっていた彼がもっとひどい目にあってしまう。それだけは避けたいのだろうか? それとも俺に悪いとでも思っているのだろうか? 男が怪我したくらい、たとえそれが顔でも気にすることなんてないのに。でも、ギノはずっと俺に従った。俺の勧めた本を読み、学食で同じものを食べ、自分だけしか知らなかっただろう美味しいパン屋を教えてくれた。俺はそれに浮かれたけれど、こんな浅い傷すぐに治ってしまうだろうし、彼もこれがなくなれば、すぐに俺の前からいなくなるような気がしていた。俺だって同じような経験をしたことがあるのだ。あれは幼い頃の話だが、女の子の手を怪我させてしまって、彼女は先生に言いつける代わりに俺を振り回した。幼い思い出だが、俺は彼女と同じことをしているのだろう。彼女の怪我はなかなか良くならなかった。いや、治っていたのだが、彼女はバンドエイドを剥がさなかった。そうしないと俺と一緒にいられないから。だから俺も彼女にならって、怪我が治ってもバンドエイドを剥がさなかった。そうしなきゃ一緒にいられないと思って。なぁ、ギノ。ギノはもう気付いているんだろうか? 頭がいい彼のことだから、きっと気付いているよな。気付いていて、一緒にいてくれるんだろうな。だったらそれはどうしてなんだろう? 俺と一緒にいるのだが楽しいから? 俺と一緒にいると有利だから? どうして? それは分からない。どれだけ考えても分からない。でもギノがふと表情を消す時、俺は自分にも同じようなものがあるような気がして、もっと一緒にいたいと思うのだった。自分の中にある虚無みたいなもの、それを持つ友人ともっと一緒にいたいと思うのだった。でももう駄目だ、もうそろそろバンドエイドをはがさなければならない。そうしたら、もう一緒にはいられないんだろうか?
バンドエイドを剥がして登校すると、ギノは少し動揺した顔をした。
「治ったんだ。ありがとな、今まで付き合ってくれてさ」
「別に、一緒にいただけだし、付き合うだなんて」
「それじゃあな」
ギノは俺が今までともにいた同級生たちの元に行くのを見て、落胆したような顔をした。同級生たちは日常が戻ってきた顔をした。そう、日常が戻って来たのだ。それから数日が過ぎて、ギノは苦しそうな顔をしながら俺に話しかけた。見れば手には本がある。俺が彼に貸したロシア文学の小説だった。やっと返しに来たかって思った。なぁ、俺とギノには同じものがあるだろう? ずっと隠しているけれど、同じものがあるだろう? それを今日は言いに来たんだろう?
「これ、返すの忘れてて」
「返さなくても良かったのに」
「どうしてだ?」
「こうやって話せなくなるから」
そう言って笑うと、ギノは少しの間考えて、大きく笑った。もう隠すものはない。もう自分たちが共通して隠すものから逃げることはない。なぁ、そうだろう、ギノ。