みやこ
DONE幸真きっといつか重たい雲の間から光がさすから。
にわか雨に降られた2人が駅で雨宿りしています。
いつか光がさすように 真田が怒鳴っていた。なにか言っているのはわかるのに、はっきりと聞き取ることができない。
「聞こえないよ!」
俺も負けじと声を張ったが、それも伝わったのかどうか。
夕立は勢いを増すばかりで、バラバラと大きな雨粒が容赦なくアスファルトに叩きつけ跳ね返る。会話をしようとするとどうしても叫ばなければならなかった。意思の疎通が成功しているとはとても言えないけど。
開けた海岸沿いの遊歩道に、雨宿りできそうな建物や葉の茂った樹木は見当たらず、ただひたすらにバシャバシャと水を蹴散らして駅へと走っていた。
道を渡れば目的地はすぐそこなのに、ちょうど赤に変わった信号に足止めされ、こんなときに限って車は絶え間なくやってくる。点字ブロックのくすんだ黄色をじっと見つめていたら、雨をかいくぐっていらいらとした舌打ちがちっ、と耳に飛び込んできた。そっと真田をうかがう。真田はそうすれば信号が赤から青へと変わると信じているみたいに睨みをきかせている。責められているような気がするのは実際すまないと思っているからだろうか。
2419「聞こえないよ!」
俺も負けじと声を張ったが、それも伝わったのかどうか。
夕立は勢いを増すばかりで、バラバラと大きな雨粒が容赦なくアスファルトに叩きつけ跳ね返る。会話をしようとするとどうしても叫ばなければならなかった。意思の疎通が成功しているとはとても言えないけど。
開けた海岸沿いの遊歩道に、雨宿りできそうな建物や葉の茂った樹木は見当たらず、ただひたすらにバシャバシャと水を蹴散らして駅へと走っていた。
道を渡れば目的地はすぐそこなのに、ちょうど赤に変わった信号に足止めされ、こんなときに限って車は絶え間なくやってくる。点字ブロックのくすんだ黄色をじっと見つめていたら、雨をかいくぐっていらいらとした舌打ちがちっ、と耳に飛び込んできた。そっと真田をうかがう。真田はそうすれば信号が赤から青へと変わると信じているみたいに睨みをきかせている。責められているような気がするのは実際すまないと思っているからだろうか。
みやこ
DOODLEこの椅子はぼくが用意したきみのための特等席という感じの幸真です
六歳頃
きみのいるところ 両手でしっかりとコップを持って麦茶をぐいぐいと飲み干していく息子に、精市の母はくすくすと笑みをこぼした。
「やっぱり精市は芸術家だね」
この日、精市は母と一緒に、庭に設置する小さな椅子をこしらえるのに夢中だった。自分のと、歳の離れた妹のための二脚。肘掛けはなくて、背板がある、ごくシンプルな木製のガーデンチェアだ。ドリルでネジを入れるなど母に手伝ってもらったところもあったが、ほとんど自分で手がけた。
朝から作業を始め、お昼ごはんを食べ終えた後もすぐに庭へ飛び出した。妹とお昼寝しないかという母の提案に首を横に振り、焼きたてチーズケーキの甘い誘惑を断ち切って打ち込んだかいあって、ペンキの配合は大成功だ。ようやく納得いく色ができた。
2478「やっぱり精市は芸術家だね」
この日、精市は母と一緒に、庭に設置する小さな椅子をこしらえるのに夢中だった。自分のと、歳の離れた妹のための二脚。肘掛けはなくて、背板がある、ごくシンプルな木製のガーデンチェアだ。ドリルでネジを入れるなど母に手伝ってもらったところもあったが、ほとんど自分で手がけた。
朝から作業を始め、お昼ごはんを食べ終えた後もすぐに庭へ飛び出した。妹とお昼寝しないかという母の提案に首を横に振り、焼きたてチーズケーキの甘い誘惑を断ち切って打ち込んだかいあって、ペンキの配合は大成功だ。ようやく納得いく色ができた。
みやこ
DONEデートでネモフィラを見に行く高1の幸村と真田です。タイトルは、〜の手中とか〜の思いのままみたいな意味です。手も繋いでるし。
友達とネモフィラ見に行って幸真ならこういうやりとりするかな!?って盛り上がった話をもとに書きました。
イン・ユア・ハンズ 木漏れ日が降り注ぐ遊歩道を行く幸村の足取りはすいすいと水面を泳ぐ魚のようで、どことなく常よりもうきうきとはずむように思われた。後ろ手を組みながら鼻歌を口ずさんでいる。幾重にも重なった木の葉の間を透かした陽が幸村の白いうなじを焼く。踏み出すごとに髪が軽く揺れている。
ナントカという花を見に行きたいのだと幸村は言った。いつでも咲いているわけではないのだ、と熱弁を振るわれ、毎月恒例のデートは電車をいくつも乗り継いで公園へと赴くこととなった。
去年の冬に付き合い始めてから五回目のデートになる。最低でも月に一度、二人きりでテニス以外のことをしようと取り決めを交わしたのだ。それぞれが案を持ち寄り、これまで遊園地で観覧車に乗ったり、上野の美術館で印象派の絵画を眺めたり、江戸時代の風俗を学びに博物館へ行ったりもした。どちらの意見を採用するかは勝負で決めている。ジャンケン、腕相撲、コイントス……。テニスはきりがない。もう一試合と何かと理由をつけて延長してしまうから。
2007ナントカという花を見に行きたいのだと幸村は言った。いつでも咲いているわけではないのだ、と熱弁を振るわれ、毎月恒例のデートは電車をいくつも乗り継いで公園へと赴くこととなった。
去年の冬に付き合い始めてから五回目のデートになる。最低でも月に一度、二人きりでテニス以外のことをしようと取り決めを交わしたのだ。それぞれが案を持ち寄り、これまで遊園地で観覧車に乗ったり、上野の美術館で印象派の絵画を眺めたり、江戸時代の風俗を学びに博物館へ行ったりもした。どちらの意見を採用するかは勝負で決めている。ジャンケン、腕相撲、コイントス……。テニスはきりがない。もう一試合と何かと理由をつけて延長してしまうから。
みやこ
DONE仕方がないからエレベーターにでも乗っちゃおっか、という幸村と真田(お題ありがとうございました)
夏に至る扉 立海大附属中の校舎の中、照明を受け鈍く銀色の光を跳ね返すエレベーターの扉は、通り過ぎる者の注意を引く。独特のものものしさと静けさを放っていた。
例外的に、学校行事などで重たい荷物の運搬に使用されることを知ってはいたが、本来は階段を上るのが困難な者や教職員のための乗り物であり、テニス部の自分には縁がないだと感じていた。
しかし俺は、一度だけそのボタンを押し、箱の内へ足を踏み入れたことがある。
中学三年の夏だった。もうじき突入する長期休暇への期待と、関門のように立ちはだかる期末テストへの焦り、そしてうんざりするほどの暑さき校内の誰もがだらしなくそわそわしていた。
かく言う俺もこれから始まる全国大会で頭をいっぱいにし、あろうことか体育で負傷した。得意科目だという自負の分、衝撃は強い。
2208例外的に、学校行事などで重たい荷物の運搬に使用されることを知ってはいたが、本来は階段を上るのが困難な者や教職員のための乗り物であり、テニス部の自分には縁がないだと感じていた。
しかし俺は、一度だけそのボタンを押し、箱の内へ足を踏み入れたことがある。
中学三年の夏だった。もうじき突入する長期休暇への期待と、関門のように立ちはだかる期末テストへの焦り、そしてうんざりするほどの暑さき校内の誰もがだらしなくそわそわしていた。
かく言う俺もこれから始まる全国大会で頭をいっぱいにし、あろうことか体育で負傷した。得意科目だという自負の分、衝撃は強い。
みやこ
DONE「水族館」で書きました(お題ありがとうございました)
物言わず水槽を見つめる幸村くんを見て不安になる真田の話です
なんてことのない日曜日 幸村を見つけたのはクラゲの展示に足を踏み入れてしばらく経ってからだった。そこは水族館の中でも特に幻想的な空間で、神秘的な暗闇に降り注ぐ青いライトが穏やかな波を思わせる模様を床に投げかけ、ガラスの中ではにじむような照明に照らされたクラゲたちが向こう側が透けて見えるほどの羽衣みたいなからだをひらひらさせている。
幸村の目線の先では淡い紅色のクラゲが踊っている。照明のせいか、ただでさえ白い肌はいっそう青白く、顔を縁取る線は細く淡く見えた。横顔は、絵画やら花やらの話をしているときほど楽しげでもなく、テニスをしているときほど力強くもなく、けれど真田にはうかがいしれない深遠な考えを胸に秘めているかに思えた。さざめきやカメラのシャッター音や足音といったものから隔絶されたように。距離があるからかもしない。歩み寄って声をかければいつものように穏やかで柔和な笑顔が一面に広がるはずだ。
2069幸村の目線の先では淡い紅色のクラゲが踊っている。照明のせいか、ただでさえ白い肌はいっそう青白く、顔を縁取る線は細く淡く見えた。横顔は、絵画やら花やらの話をしているときほど楽しげでもなく、テニスをしているときほど力強くもなく、けれど真田にはうかがいしれない深遠な考えを胸に秘めているかに思えた。さざめきやカメラのシャッター音や足音といったものから隔絶されたように。距離があるからかもしない。歩み寄って声をかければいつものように穏やかで柔和な笑顔が一面に広がるはずだ。
みやこ
DONE幸真です。「チューリップ」「木蓮」「相思相愛」というお題を出してもらって書きました。
喧嘩したり拗ねたり偉そうにしてみたりしてほしい。
友よ「今年も蝋梅が良い匂いだったね」
学校からの帰り路だった。なんということもない様子で幼馴染はそう言うが、園芸を趣味にするだけあって植物に詳しい幸村と違って、俺は梅と桃と桜の見分けもつかないので同意を求められたところで答えようがない。
「ばい、と言うくらいだから梅の仲間なのか」
「いや、別の種類だよ。花の時期はだいたい同じだけど」
「ややこしいな」
「それにしても、見たことないなんてもったいないなあ」
ふっくらと開く卵色の花ところころした丸いつぼみが愛らしく、香りは甘やかでありながら優しいのだと幸村は歌うように続けた。
「駅からお前の家までの道にも立派なのが植ってるのに」
「そんなことを言われても知らんものには気づきようもない」
1672学校からの帰り路だった。なんということもない様子で幼馴染はそう言うが、園芸を趣味にするだけあって植物に詳しい幸村と違って、俺は梅と桃と桜の見分けもつかないので同意を求められたところで答えようがない。
「ばい、と言うくらいだから梅の仲間なのか」
「いや、別の種類だよ。花の時期はだいたい同じだけど」
「ややこしいな」
「それにしても、見たことないなんてもったいないなあ」
ふっくらと開く卵色の花ところころした丸いつぼみが愛らしく、香りは甘やかでありながら優しいのだと幸村は歌うように続けた。
「駅からお前の家までの道にも立派なのが植ってるのに」
「そんなことを言われても知らんものには気づきようもない」
囚われRabbits
TRAINING2号の中ではそれぞれに対して「三途の川」をテーマに色々と解釈があるのですが、幸真には生前に是非この話をして欲しいという願望がある。珍しく幸真です。
背負わずに抱えていて夏、蝉の声がジンジンと耳に木霊する。汗で張り付く布と肌、照らしつける鋭い太陽の光。身を焦がす、灼熱の地獄――。ラケットがブンブンと唸り、タンタンタンとテニスボールが跳ねる音がする、蝉が懸命に恋焦がれる叫び声を上げる中で、いつもの怒声が飛び交う音は親しみ慣れた日常だった、すくなくともあの日迄は。涼しい部屋、微かに聴こえる蝉の声だけが静寂を凌いでくれる。夕刻の音が響くまで幸村精市の夏は来ない。
ガラガラと病室の扉が開いて、真田弦一郎がそこには立っていた。幸村にとっての旧知の仲……幼なじみであり、同じ志を持ち、そして常に共にあった相手であり、幸村の想い人。約束した未来は、今は未だ果たせないけど……果たすことも難しいのかも知れないけど。他の誰かには見せられない弱気な心は、真田にだけは晒すことが出来る。
2059ガラガラと病室の扉が開いて、真田弦一郎がそこには立っていた。幸村にとっての旧知の仲……幼なじみであり、同じ志を持ち、そして常に共にあった相手であり、幸村の想い人。約束した未来は、今は未だ果たせないけど……果たすことも難しいのかも知れないけど。他の誰かには見せられない弱気な心は、真田にだけは晒すことが出来る。