shishiri
DONE2024年書き納めの果物です。来年も楽しんで書けたらいいな、と思ってます。
冬の夜に 文字通り歯の根が合わなくなる寒さのせいで、吐いた白い息が大げさではなく端から凍りつくのではないかと思うほどで、終いには眩しくもないのに視界がチカチカとしてきた。一枚しかない毛羽立ったホコリ臭い毛布を二人で分け合い体に掛けるも、処々の隙間から、なけなしの熱が容赦なく逃げていく。いっそのこと頭からすっぽりと被った毛布の中で恥も外聞もかなぐり捨てて抱きしめ合い、互いの体で暖を取りたいくらいだ。そうやって相手の胸に耳をあて心臓が動く音を聴くことができれば、巡る血の温かさを想像し、まだ生きていることを実感させてくれるのではないだろうか――。けれども、まだかろうじて残っている理性が、そうすることを止めている。しかし如何ともしがたいこの寒さを耐え凌ぐために、「ここいらが落とし所」とどちらともなく伸ばした左手と右手を、これは妥協の範囲内であると黙って握りしめ合った。指の跡が付く程きつく握りしめている掌だけが、ジンワリと熱くなる。
2133shishiri
DONE檸檬の話似合いの手「この仕事、辞めようと思うんだ」
一度組んで仕事をして、二度目の仕事が終わったその後で、唐突にそう言ってきた五つ歳上の男の顔をまじまじと見やり。まだ『檸檬』とは名乗っていなかった十代の頃の檸檬は、一重の目を丸くした。
「あんたのことなんだから、好きにすればいいだろ。何で俺に言うんだよ」
真夜中、公衆便所の手洗い場で血に汚れた手を洗いながら、檸檬は口をへの字に曲げた。と言っても、男の言葉に不満があるわけでも、残念に思ったわけでもない。ただ、爪の間の汚れがなかなか取れず、少しばかりイライラとしていただけだ。
「辞めると言った俺のことを、君が始末したりするのかな」
「だから、何で俺が。金も貰わないのに、そんな面倒くせえことするかよ!」
2148一度組んで仕事をして、二度目の仕事が終わったその後で、唐突にそう言ってきた五つ歳上の男の顔をまじまじと見やり。まだ『檸檬』とは名乗っていなかった十代の頃の檸檬は、一重の目を丸くした。
「あんたのことなんだから、好きにすればいいだろ。何で俺に言うんだよ」
真夜中、公衆便所の手洗い場で血に汚れた手を洗いながら、檸檬は口をへの字に曲げた。と言っても、男の言葉に不満があるわけでも、残念に思ったわけでもない。ただ、爪の間の汚れがなかなか取れず、少しばかりイライラとしていただけだ。
「辞めると言った俺のことを、君が始末したりするのかな」
「だから、何で俺が。金も貰わないのに、そんな面倒くせえことするかよ!」
shishiri
DONE秋籠果物で書いた、蜜柑の病室から帰る檸檬の話。無理やりハロウィンネタも入れてしまいました。ポケットの中 平日二十時過ぎの地下鉄の車内は帰宅する客で混んでいたが、檸檬は空いた席を見つけると、すかさずそこに体を滑り込ませて腰を下ろした。これはけして、「自分に与えられた当然の権利である」と、そんな傲慢な考えからくる行動ではない。そう誰かに言い訳をする代わりに、檸檬はシートに深く腰掛け背中を預けると、肩で一つ息をついた。
今夜の俺は、大切な物を運んでいる最中なんだ――。
膝の上にある小ぶりな紙袋は見た目以上の重量がある。そんな紙袋を目的地まで運ぶために、檸檬は帰宅するのに利用する路線とは別の地下鉄に乗っていた。仕事ではないのだから、これを無事に運び終えたからといって、一文の金にもならないことは承知の上。それでも万が一、電車が急ブレーキをかけた場合に膝からその紙袋が転げ落ちたりしないようにと、檸檬は両手でその紙袋をそっと抱え込んだ。
3982今夜の俺は、大切な物を運んでいる最中なんだ――。
膝の上にある小ぶりな紙袋は見た目以上の重量がある。そんな紙袋を目的地まで運ぶために、檸檬は帰宅するのに利用する路線とは別の地下鉄に乗っていた。仕事ではないのだから、これを無事に運び終えたからといって、一文の金にもならないことは承知の上。それでも万が一、電車が急ブレーキをかけた場合に膝からその紙袋が転げ落ちたりしないようにと、檸檬は両手でその紙袋をそっと抱え込んだ。
tennin5sui
DOODLEセリフいただいて短い話かくやつ!今回はマロさんからいただきました
(https://x.com/namdegnah/status/1805277781770797414?s=46&t=I8SllO0WqrU48dJMDg8mOg)
「俺に言うことがあるだろう」 駅前のチェーンの喫茶店は盛況らしく、蜜柑と檸檬が座席に座った直後に、サラリーマンらしき男が駆け込んできた。慌ただしくカウンター席に座り、アイスコーヒーを注文する。二人はテーブル席に腰を下ろし、先ほどのサラリーマンに倣ったわけではないが、メニューを差し出される前に飲み物を注文した。
席につき、荷物を下ろす。蜜柑はカバンの中から単行本をとりだした。その本を置くか置かないかのところで、檸檬が
「なあ蜜柑。俺に言うことがあるだろ」
と切り出してきた。蜜柑は檸檬から視線を逸らし、店内を見回す。店員が水とおしぼりを持ってきたので、テーブルの上に置いた単行本を端に避ける。徐々に夏らしい暑さが目立つようになってきたものの、冷房の効いた店内では温かいおしぼりが嬉しい。
2267席につき、荷物を下ろす。蜜柑はカバンの中から単行本をとりだした。その本を置くか置かないかのところで、檸檬が
「なあ蜜柑。俺に言うことがあるだろ」
と切り出してきた。蜜柑は檸檬から視線を逸らし、店内を見回す。店員が水とおしぼりを持ってきたので、テーブルの上に置いた単行本を端に避ける。徐々に夏らしい暑さが目立つようになってきたものの、冷房の効いた店内では温かいおしぼりが嬉しい。
tennin5sui
DOODLE部屋になにかが住んでいる……にしようとしたのに失敗した怪奇!勝手に進んでいくセーブデータ ゲーム機の電源を入れ、セーブデータを選択しようとしたところで、ん?と頭を捻った。電源を落としてゲームソフトを取り出し、タイトルを確認する。有名な横スクロールゲームのタイトルだ。画面の中の小さなキャラクターがちょこまかと動き、敵を避けたり、攻撃したりしながら、ゴールへ向かう。間違いなく、檸檬が借り受けたソフトだ。
もう一度セットし直して、電源ボタンを押す。タイトル画面でAボタンを押すと、ナンバリングされたセーブデータのスロットが三つ並ぶ。それぞれ別のデータを保存することができ、任意でつけられるプレイヤー名と、進行度を表す章番号が表示され、檸檬はそのうちの上から二番目のデータを進めていた。一番上のデータは持ち主のもので、ゲーム機ごと渡された際に、このデータを触ってはならない、と厳命されている。
2786もう一度セットし直して、電源ボタンを押す。タイトル画面でAボタンを押すと、ナンバリングされたセーブデータのスロットが三つ並ぶ。それぞれ別のデータを保存することができ、任意でつけられるプレイヤー名と、進行度を表す章番号が表示され、檸檬はそのうちの上から二番目のデータを進めていた。一番上のデータは持ち主のもので、ゲーム機ごと渡された際に、このデータを触ってはならない、と厳命されている。
shishiri
DONEモブ視点仕事に疲れたサラリーマンと果物
DIVE 檀家回りのために坊さんが走り回るような忙しない月だから『師走』
小学生の頃、国語の授業でそう教わった気もするが、平成の世の年の瀬に、走り回るのは坊さんばかりではない。俺のようなうだつの上がらない銀行マンも課せられたノルマを達成すべく、方々にある得意先のご機嫌取りのために朝から晩まで駆けずり回るのだ。でも、それももう、疲れてしまった――。
足繫く顔を見せに来るらしい他行の存在をちらつかせ、「融通を利かせてくれないならば、そちらに乗り換える」と得意先から半ば脅すように通告され、決まりかけていた5,000万円の追加融資話がとん挫しかけたのが三日前。ここ半年の俺は、ノルマに届かない成績のせいで毎日のように副支店長からの罵声を浴びているというのに、この案件を落としたとなったら……。
3935小学生の頃、国語の授業でそう教わった気もするが、平成の世の年の瀬に、走り回るのは坊さんばかりではない。俺のようなうだつの上がらない銀行マンも課せられたノルマを達成すべく、方々にある得意先のご機嫌取りのために朝から晩まで駆けずり回るのだ。でも、それももう、疲れてしまった――。
足繫く顔を見せに来るらしい他行の存在をちらつかせ、「融通を利かせてくれないならば、そちらに乗り換える」と得意先から半ば脅すように通告され、決まりかけていた5,000万円の追加融資話がとん挫しかけたのが三日前。ここ半年の俺は、ノルマに届かない成績のせいで毎日のように副支店長からの罵声を浴びているというのに、この案件を落としたとなったら……。
shishiri
DONE果物ワンライ 一時間半。果物で上手いオチが見つけられなかったので、あの人に出てもらいました。下手したら、こっちの方が長いかも……?
お題『ハロウィン』 19時過ぎの渋谷スクランブル交差点。平日だというのに黒山の人だかりは駅に向かわず、当てもなくぞろぞろと道を歩いている。しかもその出で立ちは、仕事帰りとはとても思えないほど色とりどり、バリエーションに富んでいる。ある者は人気アニメのキャラクターの姿を真似ていたり、ある者は今さっきお化け屋敷で幽霊役のバイトを終えたばかりです、と言わんばかりのオドロオドロシイ姿。格安免税店で買ってきた着ぐるみ風の衣装を着けただけでバカ騒ぎしている者たちもいれば、どこで手に入れたのか、ヒーロー映画のコスチュームと見まがうほどの本格的な衣装を身に着け、写真を撮られながら悦に入っている者もいる。
その誰もかれもが、日常とはかけ離れた姿になることで浮かれ騒ぎ、中には歩きながら飲酒して奇声を上げたり、どう見ても合法ではないものをキメて、その足取りが定かでない者たちすらいるような有様だった。
4451その誰もかれもが、日常とはかけ離れた姿になることで浮かれ騒ぎ、中には歩きながら飲酒して奇声を上げたり、どう見ても合法ではないものをキメて、その足取りが定かでない者たちすらいるような有様だった。
shishiri
DONE物騒な仕事をする檸蜜午前零時のキス スラックスのポケットから取り出した煙草は、パッケージごと少し折り曲がっている。興ざめしたのか下唇を突き出した檸檬は、一本摘み出した煙草を指先で撫で伸ばすようにしてから、それを口に咥えた。ガスの減った百円ライターの着火レバーをカチカチと押し下げ、ようやく点いた安っぽい火を煙草の先にあてがうと、ジリっと葉が焼けた微かな匂いを合図に、檸檬はゆっくりと煙を吸い込んだ。
埃と古い機械油の匂いが交じる暗がりで、背中を向けて立つ蜜柑の向こうには、体を拘束され錆びついたパイプ椅子に座らされている男が三人いる。檸檬から見て右端の男は、先程までは地鳴りを思わせる不穏な呻き声をあげていたのだが。今はそれも静かになって、椅子にもたれて上を向いたまま、ピクリとも動かなくなっていた。
3918埃と古い機械油の匂いが交じる暗がりで、背中を向けて立つ蜜柑の向こうには、体を拘束され錆びついたパイプ椅子に座らされている男が三人いる。檸檬から見て右端の男は、先程までは地鳴りを思わせる不穏な呻き声をあげていたのだが。今はそれも静かになって、椅子にもたれて上を向いたまま、ピクリとも動かなくなっていた。