夜警を終えて師のマンション(もとい、先月からは彼の自宅でもあるのだが)に帰った常闇は、リビングの灯りに目を丸くした。
体が資本の稼業、休めるときに休むのは義務のようなもので、シフトの異なる相手を待って睡眠時間を削ることはお互いしない。実際、向こうも常闇を待っていたわけではないだろう。グラスを片手にホークスは、視線をぼんやり前に投げたままひらりと手を振った。
「お疲れ」
「そちらも。……珍しいこともあるな」
「ん-。ごっめん、ちょっと放っといてくれると助かる」
いつも通りの軽々しい口調に、ひりついた響きが微かに滲む。ふむ、と常闇は逡巡した。
さして問題だと思ったわけではない。この人の、回転数の規格の狂った思考回路に無理矢理足踏みをさせようとなったら、化学物質で物理的に止めるくらいしか手がないのは承知している。「どうせ気分が腐って休めないのだから、徹夜で仕事を片付ければ一石二鳥」などと言われるより余程安心だという話だ。酒精で体をいためるほど自分を甘やかすことなど、良くも悪くもできない人なのだから。
だから強いて言えば、酒を手にしているのにこの人の口元に笑みがないのは頂けないな、と思った。単に、その程度の話である。
結局、常闇は、師のいるソファへと歩み寄った。
「申し訳ない。……少々、我儘を通させて頂く」
一言断わって腰を下ろす。隣から投げられた眼差しは、険を隠し切れていなかった。すぅ、と大きく息が吸われ、それから吐かれる。
「…………君に当たり散らしでもした日には、後で自己嫌悪で死ねそうなんだって」
不機嫌顔を押さえ込んでいる相手には申し訳なかったが、小さく笑みがこぼれるのがどうにも押さえられなかった。
「あなたに『当たり散らして』もらえるまでになったというなら、俺も、自惚れずにいるのが難しいな」
ぐ、と言葉に詰まったホークスは、口をへの字に結んだ後に忌々しげに舌打ちをした。素直でよろしい。
「……そーいう珍しいだけの面倒ごとを有り難がるの、そのうち絶対無理でるからね。一年もったら驚いたげるよ」
「では一年後にもお試し頂こう。十度も繰り返す頃には、きっとあなたも何も言わなくなるだろうから」
「ああ言えばこう言うー……」
「ご自身の薫陶の成果だ。誇って頂きたい」
師の手のグラスにそっと手を添える。静電気のように彼の肌に纏わり付いていた苛立ちが微かに凪いだのを見て取って、そろりとそれを取り上げた。
わざとらしい溜息をついた師の後頭部が、ごつんと、頭突きに近い勢いで常闇の肩に乗る。その表情は確認しないことにして、彼は師匠の枕に甘んじた。