元雄英のメンバーが数名、偶然集まれるとなって、現地に最初に辿り着いたのは常闇だった。
居酒屋の個室で携帯をいじっていると、入り口からヒョイと見知った顔が覗いてくる。
「あれ、みんなまだ?」
「お前が二番乗りだ。案件は大禍なかったようだな、緑谷」
手元の携帯を伏せようとして、常闇は少々逡巡した。周りによく気を配る友人は「途中だったら、気にしないで続けてね」と声をかけてくる。
「……いや、ただの下調べだ。買い物のな。どの道、今すぐ決まるものではない」
「へぇ、なんか大物?」
「寝台だ。とりあえず大きなものがいい。……いやもうこの際、大きければ大きいほどいい」
ぼやく常闇に、緑谷の首がやや傾いだ。眉間あたりに困惑を湛えた悩み顔は「現代版考える人」として後世に残したいような趣がある。
これでこの男は、いざ現場に立てば気圧されるほどの鋭さを見せ、交渉事にも果断に臨む。元より学生の頃から詰将棋のような戦い方をするやつだった。それがプライベートになるとこの通り、若干面白い感じになってしまうのは微笑ましくも不思議なところだが、こういうところも人に好かれる由縁だろう。
思考のフル回転を伺わせる溜めの後、緑谷は拳を握ってたずねてきた。
「…………これ僕、割とセンシティブなこと聞いちゃったヤツかな!」
「いや、特には。すまん。気を使わせたな」
よっぽど「運動」が激しくて、というなら緑谷の言うとおりかもしれないが、此度の買物にそういう色気は存在しない。
同衾しているという事実がセンシティブだと言われてしまえばそれまでなのだが、ホークスと常闇が同棲して数年、そこは今更だろう。
「単に、俺の寝床を確保するためだ。あの人は実に遠慮会釈なく伸び伸びと、大の字になって寝るのでな。……いいか。比喩ではないぞ。文字通りの『無』だ。ダブルベッドごときでは、存在しないんだ。俺の寝場所が。本当に」
悩みを朗々と謳いあげて相手の顔を見て、常闇は静かに頷いた。
「うむ、緑谷。……そこはふつうに笑ってくれて構わない」
「うん、いや、うん、えと、ゴメンね……!」
ぷるぷると引き結んでいた口元を覆ってひとしきり肩を震わせ、緑谷はやっとで顔をあげた。
「……あんまりイメージ通りでさ。でも、いいなそれ。ホークスってこう、『イメージ通り』なばっかじゃないでしょ?」
「……ああ」
常闇の師が傲慢に、あるいは献身的に、どれほど多くを「己の翼の届くもの」としてみせるかについて、緑谷なら熟知していることだろう。なにしろヒーロー社会崩壊瀬戸際の最前線で、ホークスとチームアップを組んだ人間だ。
睡眠管理は特技でさ、と宣う師は必要な休息の確保に妥協しなかったが、それは謂わば徹底したメンテナンスであって、間違っても「伸び伸びと」なんて形容のつくものではなかった。寝床を共にするようになった後も傾向としては丸まって寝ていた気がする。
それがいつのまにやらこうなっていた。なんとも、幸いなことに。
実のところ常闇のこの幸福は、寝台から蹴り落とされた程度で損なわれるものではないし、SNSで仰向けに伸びた「猫を辞めた猫」だの「犬を辞めた犬」だのがバズる度に、彼は「うちの鳥を辞めた鳥が優勝だな……」と密かに鼻を高くしている(誰かに自慢する予定は一生ないが)。
そうは言っても、蹴り落とされないようになればなお良い、というのは事実だろう。強欲であることは、彼の人生のパートナーも良しとするところなので。
常闇の前では、ひとの好い友人が忙しなくスマートフォンをタップしている。
「そういうことなら……あのさ、疲労回復にはスプリングが効いてた方がいいけど、ホークスが仰向けに寝るなら羽を潰さないのも大事でしょ? ここ、製品開発に協力したサポートアイテム会社の子会社なんだけど」
ヒーローと、それを支えるあらゆるものをこよなく愛する男の伝える情報を、常闇は有り難く拝聴することにした。
多少、ほんの少し話が長かったきらいはあるが、お互い変わりなくて何よりである。