ようはこの男は案外、静かに呑むのが好きなのだ。
律儀というか、真面目というか、あるいは貧乏性といってもいいのかもしれないが、ホークスの行動は強烈な目的意識を背骨にしている。目的自体が協調性を蹴り飛ばしていることが多いので、勝手といえば勝手だが、最終的な目的地は概ね公利であるので、そうと断定するのも悩まれる。
場をもたせるにせよ、相手を苛立たせて場を動かすにせよ、酒の一杯にだって何かしら「仕事」を見出してしまうのがこの男だ。その点、相手がジーニストなら、互いに口を出す要は特になく、何かしてやる義理もどこをひっくり返しても見つからない。そもそも、そんなものが必要だとも思っていない。
彼らの呑み会は、耳にした誰もに「盛り上がるのか」と疑念を呈されながら、年に一度あるかないかの頻度で今なお開催されている。
◇
必要となれば、ホークスは猥談でも他人の愚痴でもそつなく酒の肴にしてのけるが、二人が顔を付き合わせているのは「そういう面倒がないから」という理由が十割だ。
だというのに、どうしてこんな話になったのかは分からない。強いて言うなら、それが分からなくなる程度に酒杯を重ねたことが原因だったのかもしれない。
気づけばジーニストの右耳から左耳に、ホークスの恋愛事情らしき話が通り抜ける流れになっていた。言うまでもなく、ジーニストとしては微塵も関心のない話題である。
ホークス唯一の教え子が、そのまま同居人になった経緯は聞いている。三年前の、こんな酒の席の話だった。
成人同士の合意に口を挟む筋合いはない。あえて感想を述べるなら、その前後で両者の挙措に一切違いが見受けられなかったのが突っ込み所とは思う。
「ま、変わりないんですけど、考えたらそれがびっくりなんですよね。誰かと長続きしたことないんで、俺」
「そこはイメージ作りのままなのか」
「だいたい俺が薄情なのが原因です」
「目に浮かぶ」
「そもそも人恋しさってやつが薄いんで、どうも優しくなれないっつーか。賢者タイムの人肌きっついなーっつーか。もーピロートーク律儀にやる奴とか尊敬しかなかったですね」
「……それで最長どれだけ続いたんだ」
返った答えに、それは最短レコードの間違いではないんだな、と一応の確認をとって、肩をすくめたジーニストは手酌でグラスの中身を注ぎ足す。
これが行きつけの店ならもう少し話題が選ばれただろうが、残念ながらここはジーニストの自宅なのだった。未だもって最速の名を返上していないこの男を、伝書鳩代わりにしたついでである。対価としては、タダ同然の値とも言う。
テーブルに戻されたボトルをひょいとさらって、遠慮会釈なくロックを作り足しながらホークスは喉を震わせる。
「で、仮に、俺と続いてる奇特な相方にこんな話を聞かせたらですね」
「現恋人との間の話題として破滅的では?」
「んー、あいつなら、妬くとか妬かないとかじゃないです。当時の俺にふつーに小言が始まります。ヒト的な意味で」
楽しげな、嬉しげな声の温度に視線を送る。声色どおりの表情が零れているのを見て取って、ジーニストは、本日ボトルの栓を抜いてから初めての感慨をこめて呟いた。
「……嫉妬の可愛げより、忠言の真心を喜ぶような殊勝さがあったんだな、お前に」
「まっさかー。例外だけです。他の誰に言われたって、『ふーんそっかー』で終わりですよ」
なるほど、と頷き、満たしたばかりの酒を半分あける。テーブルをコツリとグラスで鳴らして、ジーニストは半眼で呑兵衛の話に評を垂れた。
「ノロケが分かりづらい」
「そりゃすんません」
何一つ悪いと思っていない様子で、ケラケラと男は続ける。
「小器用で売ってますけど、ハジメテのことは人並みに下手くそなんです」
ジーニストは、ふん、と珍しくも行儀悪く鼻を鳴らす。酔っ払いの回収を奇特な男に頼むべく、彼は携帯端末を取りだした。