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    uncimorimori12

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    カブライ
    短いやつ。二人でお茶してるだけ。
    暴力的表現が含まれるので、苦手な方は注意してください。

    #カブライ

    羽虫の一生「すみません、ライオス。今日は用事があって」
     カブルーは申し訳無さそうに眉を下げると、一礼をしてからあっという間に執務室を去っていった。今日中に片付けておくべき案件は無い。加えて、カブルーは明日休暇の予定であったので、タイミングが良いかと食事に誘ったのだが、結果はこの通り撃沈に終わってしまった。ライオスにとってタイミングが良いということは、つまりカブルーにとっても同じことが言えるので、直前で誘えば彼の予定が既に埋まってしまっていることは、よく考えれば当然であった。
     しょうがない。仕方ない。都合が合わなかっただけ。そう言い聞かせてはいるが、実は今のようにカブルーがライオスの誘いを断ったのは、今回で三回目となる。しかも、連続しての三回だ。これは流石に、鈍いと言われるライオスにも分かる。カブルーの都合が合わないのは偶然ではない、故意だ。

    「考えすぎじゃないかなあ?」
     隣で夕飯に舌鼓をうっていたマルシルが首を傾げる。本日の彼女のディナーは、ほうれん草とサーモンのクリームパスタである。半年ほど前に城下町にできたこのレストランは、リーズナブルな値段の割に小洒落たメニューが取り揃えられているということで、女性を中心に近頃人気を集めているらしい。確かに周囲を見渡せば、この時間帯にしては珍しく女性客のグループもチラホラと見られた。焼き立てのラザニアも、しっかりと食べごたえのある挽き肉がゴロゴロと入っていて美味しい。良い店を知ることが出来たという一点のみに絞れば、今日マルシルがこの店に誘ってくれたのはラッキーと言えた。お忍びとは言え立場上めったに街にも出れないので、そういう意味でもありがたい。
    「でも、彼が俺の誘いを断るなんて、これまでは無かったんだ……一度だって。それがここ最近になって立て続くって、変じゃないか?」
     疑問を投げかければ、マルシルはフォークを持ったまま、視線を宙に彷徨わせた。
    「うーん、確かに?」
    「カブルーは俺に愛想を尽かしてしまったんだろうか……」
    「まあ、ライオスだもんねえ……。なにか心当たりないの?」
    「心当たり……」
     ライオスはここ数ヶ月ほどの内に交わしたカブルーとの会話の記憶を漁った。食べ過ぎだと注意されたり、余計な魔物を買うなと怒られたりなどはあったが、これに関してはいつも通りだ。いまさら、目くじらを立てるまでも無い、はず。きっと。唯一引っかかる点があるとすれば。
    「……最後にカブルーと飲んだとき、一緒にチェスをしたんだ。でも俺はやったこと無くてね。彼にルールを教えてもらいながら、何度か対戦したんだけれど……。結果はどれも惨敗だった」
    「ふうん。まあ、カブルーくんってそういうの強そうだもんねえ」
    「それで、あまりにもやり甲斐が無くて、俺に飽きてしまったのかなって……」
    「え、流石にそれは無いでしょ!」
     マルシルは勢いよく首を横に振る。けれども、本当に、心当たりがあるとすればこれくらいしか無かった。
     あの夜は、「ちょっと借りてきたんです」なんて言いながら、チェス盤を携えたカブルーが私室にやってきた。どうやら義母の家で触っていたようで、女中たちがやっているのを見て、懐かしくなったらしい。ただ、チェスというのは世界的に広く知られているゲームではあるが、あくまでエルフの文化であるので、北方出身のライオスはこれまで触れる機会が無かった。なので最初は遠慮したのだが、「それなら俺が教えますよ」と、カブルーが言ってくれたので、彼の厚意に甘えることにしたのだ。彼の教え方は実に丁寧で、駒の動きをなかなか覚えられないライオスに、飽きもせず都度解説をしてくれた。結果は散々であったが、ライオスとしては十分に楽しいひと時であったのだ。けれども、それはあくまでライオス視点の話で、カブルーもそうとは限らない。何度教えてもルールを忘れてしまう物覚えの悪いライオスに、呆れてしまっていても不思議ではないのである。
     そうじゃなくとも、カブルーの友人はライオスだけでは無い。彼は実に社交的な人間だ。そんな引く手あまたの彼が、わざわざライオスを優先させる理由も特に無いだろう。ライオスは重たい気持ちを呑み込むように、ワインをあおった。
    「俺が……、俺が、つまらない人間だから、カブルーは飽きて新しい友達と遊んでるんだ……」
    「そんなことは……。あ、でも」
     何かを思い出したかのように、マルシルが手を打つ。視線で続きを促せば、彼女は少し気まずそうに唇を尖らせた。
    「私も聞いた話ではあるんだけど……。最近お城に呼んだ学者の人とかと、よく一緒にいるってのは聞いたかなあ……」
    「え」
    「結構飲み歩いたりしてて……。そもそもこのお店もカブルーくんに勧められて知ったし」
    「わーーーっ!!!」
     思わず耳を塞ぎながら机に突っ伏す。どう考えても、誰が見ても、カブルーはライオスに愛想を尽かしてる。物的証拠は無いが、状況証拠は完璧だった。
    「嫌われてしまったんだろうか……」
     鼻の奥がツンと痛みを訴える。顔が火照って、今日はいつもより酒の回りが早いことを悟った。ついでに視界までぼんやりと滲み出す。自然と流れた鼻をかめば、マルシルは労るようにライオスの背中をさすった。
    「そんなことないって、心配しすぎ」
    「でも、マルシルも流石にカブルーが俺を避けてるって思うよな」
    「それは、そうだけど……。でも大丈夫。話を聞いた限りだと、べつに嫌われたとかでも無いって思うし」
    「どうして?」
     尋ねれば、マルシルはしたり顔をしてみせた。
    「どんなに仲良しの人とでも、四六時中いるとちょっと疲れちゃうことってあるでしょう? だから、カブルーくんももしかしたらそれかも。ライオスとこれからも友達でいたいから、今はお休み期間を設けているだけなのかもよ」
    「……え~? や、それは流石に」
    「つべこべ言わない!」
     ちょっと強引な想像に顔をしかめれば、マルシルはびしりと人差し指を突き立てる。これは多分、勢いで誤魔化そうとしている時の顔だ。つい眉間にシワを刻めば、マルシルはますますムキになったようで、とうとう頬を膨らませた。
    「そもそもカブルーくんがどう思ってるかなんて、聞いてないのに分からないでしょ! 話もして無いのに勝手に悪い妄想膨らませるのって、良くないんじゃないかなあ!?」
    「それは、そうだけど……」
    「ともかく! 一回お話してから判断してみなよ。案外大したこと無かったりするしさ」
     マルシルは言い切ったとばかりに息を吐くと、黙々とパスタを食べることを再開する。どうにも腑に落ちない所もあるが、「話しても無いのに勝手に悪く受け取るな」というのは、全くもって彼女の言う通りではあるので、ぐうの音も出ない。シュローとも、ちゃんと本音での会話を積み重ねてこなかったせいで、殴り合いの喧嘩にまで発展してしまったのだ。まああれは良い方向に受け取りすぎたのだが。
    「だーいじょうぶだよ。カブルーくんがライオスのことを嫌いになるなんて無いだろうからさ」
     過去の人間関係に関する様々なトラブルを思い返しながら目を伏せるライオスに、ペロリとパスタを平らげたマルシルはダメ押しとばかりに笑顔を見せる。これまでの発言を振り返っても、彼女の言葉にこれといった根拠は無いのだろう。でも、マルシルの笑顔を見ていると、自然と何でも上手くいく気がする。
     そういう不思議な魔力が、彼女の笑顔には込められていた。

     話し合いの機会は案外すんなりと訪れた。誘いを断られた翌週、なんと今度はカブルーの方から声をかけてきたのだ。
    「そういえば、今晩は空いてますか? 久しぶりにあなたとゆっくり過ごしたいんですが」
     笑顔で誘いをかけてきたカブルーに、ライオスは慌てて顔を上げる。驚きすぎて、目の前の書類の内容など全て吹っ飛んでしまった。一も二もなく頷けば、カブルーは「それじゃあ今晩お伺いしますね」なんて言って微笑んで、ライオスの机に積まれた書類の束に新規の書類を追加すると、執務室を去っていった。
     いや、先週まで俺フラレてたよな?
     一週間で行われた鮮やかな手のひら返しに心がついていけず、つい呆然としてしまう。この間まで誘っても袖にしていたのに、一体どういう心境の変化なのだろう。それとも、からかっているのか? 実は自分がカブルーの言葉の意図を履き違えていたり? 混乱のあまり、つい思考がネガティブな方向へと流れていく。それは今日の政務が終わり、私室に引っ込んだ後も、ライオスの頭を支配した。
     しかし、疑心暗鬼に陥ったライオスの予想に反し、カブルーはやってきた。
    「お邪魔します。今日はお土産があるんです」
     そう言ってカブルーはカゴをライオスに渡す。布を取り払って覗き込めば、そこにはチーズタルトが2ピース収まっていた。ランプの光を反射し煌めく表面は、なんとも美しい。チラリと目の前の男を窺えば、彼は気障ったらしく人差し指を口元に当て、「今日は特別ですよ」と言って笑った。
    「い、いいの!? 夜中にこんな、タルトなんか食べて……」
    「はい。実は……これ、先週貴方の予定を断ってしまったお詫びも兼ねてるんです」
     カブルーの苦笑に、ライオスは認識を少々改める。どうやら彼も、ライオスの誘いを断り続けたことに、多少の罪悪感を覚えていたらしい。ライオスはこれまでカブルーが自分を避けていたと考えていたのだが、もしかしたら本当に予定が重なってしまっていたこともあったのかもしれない。そもそも、それまでライオスの誘いを断らなかったのも、カブルーに予定調整の面で無理を強いていた可能性もある。マルシルの言った通り、会話をしてみなければ相手の真意は分からない。ライオスは内心でそっとカブルーを疑ったことを詫びた。
    「ありがとう、とても嬉しいよ。今お茶を用意するから座っててくれ」
    「そんな、俺が淹れますよ」
    「でも……」
    「ここは私に任せて、陛下はどうぞお寛ぎください」
     カブルーはわざとらしい程に慇懃な仕草でライオスをソファにエスコートすると、勝手知ったるとばかりに茶器を取りに行った。こういう時は、自分が何を言ってもカブルーは譲らないだろう。ライオスはお言葉に甘えてソファに身を沈める。
    「あ、そうだ」
     カブルーが戻ってくるまでの数分間、丁度良いと棚からあるものを取り出す。それはこの数ヶ月ほど、ライオスの悩みのタネのひとつとなり続けたものであった。
    「お待たせしました」
     数分後、トレーにカップを乗せたカブルーが戻ってきた。鼻を掠めるこの香りはカモミールだろうか。寝る前の時間帯に飲むのに丁度よい。チーズケーキの隣にティーカップを並べれば、完璧なティータイムの完成だ。
    「ありがとう、いい匂いだ」
    「いえ……。あの、ライオス。これは?」
     ライオスの隣に腰掛けたカブルーが、不思議そうにテーブルの上を指差す。彼が指した先、そこにはチェス盤が鎮座していた。
    「あぁ、それ。買ったんだよ」
    「え、買ったんです?」
     ライオスの返答に、カブルーは眉間にシワを寄せて訝しげな顔をする。唐突な険しい表情に、ライオスは慌てて言葉を重ねた。
    「あ、買ったって言っても無駄遣いじゃないって言うか。その、先月はこれ買ったからイヅツミから魔物を買うのも一回我慢したし……」
    「あ、貴方が魔物を我慢したですって!?」
     カブルーは今度こそ大きな声をあげる。どうやらよっぽど衝撃だったらしい。恐る恐る頷けば、彼は信じられないものを見る目つきでライオスを見上げた。
    「別にチェス盤くらい王様が買っても、誰も咎めませんよ」
    「本当? 魔物を買う時は、君怒るのに」
    「それは魔物だからです。というより……貴方、そんなにチェスが気に入ったんですか? そこまで興味持ったように見えませんでしたけど」
     困惑したようにカブルーが首を傾げる。彼が不思議がるのも無理はない。カブルーと一緒にチェスをやったとき、確かに楽しかったが、のめり込む程では無かった。ましてや魔物と天秤にかけられるほど魅力的とは、到底言えない。では、何故こんなものを買ったのか。ライオスは渇いた唇を舐めると、横目でカブルーを見た。
    「……練習したかったんだ」
    「練習?」
    「うん。君は、チェスが強いだろ? だから次君と遊ぶときまでに、前回よりも強くなりたくて。一人でやったり、ファリンに対戦相手になってもらったりしてたんだ」
    「それは、えっと、ありがとうございます……」
     礼を言いながらも、尚も当惑した瞳が追いかけてくる。彼はこの説明じゃ、まだ納得していない。ライオスはとうとう顔を伏せると、声を潜めて打ち明けた。
    「君は……きっと、一緒にチェスで遊んでくれる相手がいっぱいいるから。弱い俺と遊んでも、楽しくなんかないだろ? でもそうなると、いつか君は俺に構ってくれなくなってしまう。こうやって夜、俺と一緒にチーズタルトを食べてくれなくなる。それを想像したとき、すごく寂しくて……。でも、強くなれば君はまたチェスに誘ってくれるかなと思ったんだ」
     室内を静寂が包む。カブルーはしばらく何も言わなかったが、やがて口元に手をやると、ゆっくりと口火を切った。
    「つまり、俺に構ってもらえなくなると思って、チェス盤を買ったと?」
    「……うん」
    「魔物よりも、俺を取ったと?」
    「そうなるの、かな?」
    「……そうですか」
     カブルーは言葉を切ると、またむっつりと黙り込む。沈黙がカップの底に沈み、湯気がすっかり消え去った頃、彼は再び口を開いた。
    「ごめんなさい、貴方を傷つけましたね。でも、本当にどうしても外せない用事があって、貴方からの誘いを断ざるを得なかったんです」
     ライオスの手の甲を、カブルーの掌が覆う。彼の体温は自分のものよりもほんの少し冷たくて、心地よかった。
    「……新しい友達と飲み歩いてるって聞いた」
    「仕事の話をしてたんですよ。貴方が想像するような、楽しい飲みの場じゃない」
    「本当?」
    「本当です。彼らも、あくまで意見を訊くために招いた客人たちですから。先週には自国に帰りました」
    「じゃあ……俺が誘ったら、前みたいに一緒にご飯とか食べてくれる?」
    「勿論。ていうか、よっぽど外せない用事がない限り、俺あんたからの誘いは断りませんよ」
     困ったように、しょうがないなとでも言うみたいに、カブルーが口角をあげてみせる。その目はまるで親が子供に向けるのとなんら変わりがない。
     俺、一応王様で、年上なんだけどな。
     抗議したいところだが、今回は自分のほうが情けないことを言っている自覚はあったので、ぐっと堪える。視線をそらし羞恥に耐えるライオスを、カブルーは楽しくって仕方がないとでも言うように、ただ見つめた。
    「俺って君に恥ずかしいとこ見せてばっかだ」
    「その言葉、そっくりそのまま返したい所ですが……でも今回は貴方の珍しい顔が見れたので、言わないでおいてあげます」
    「もう言ってるよね」
    「まあまあ」
     カブルーは脚を組み直すと、冷めてしまったカップに口づける。それを見てようやく思い出した。そうだ、今夜は彼が用意してくれたカモミールティーと、チーズタルトがあるんだ。多少はマシになったチェスも見てほしいし、話したいことだってまだまだいっぱいある。ライオスもカブルーに倣ってカップを手に取ると、彼はニッコリと笑ってみせた。
    「そう、まずはゆっくりお茶でも飲みましょう。夜は長いですから」
     たとえ冷めても、鼻を抜けるカモミールの華やかさは、健在であった。


    ***


    「美味しいチーズケーキのお店ってご存知です?」
     昼間と変わらぬ人懐こい笑みで、男は自分に問いかけた。その声を聞いただけでは、誰も彼に警戒心なんて持たないだろう。むしろ、耳障りの良いボーイソプラノは、聞くものに安心感すら抱かせる。
     しかし、朗らかな彼の声音に対し、今の自分といえば椅子に縛り付けられた状態で、この男……カブルーに見下されていた。いつも洒脱な彼にしては珍しく、今日は上から下まで地味な色合いでまとめられている。思わず頭の天辺から爪先まで視線で追えば、彼は気恥ずかしそうな笑みを浮かべ、「今日は汚れる予定ですから」と呟いた。その表情が、自分が今まで見ていたものとあまりに変わりなく、ランプの灯りが照らすのみのこの地下室では、逆に浮いていた。
    「それで、チーズケーキの店はご存知で? もちろんメリニで。いや、実はね。本当だったら、今日も友人にディナーに誘われていたんですが、貴方との予定があったので断ってしまったんですよ。しかも、なんと今日で三回連続。せっかく彼が誘ってくれたってのに……。だからね、これが終わったら、来週辺りにでも僕から彼を誘おうかなって。でも、手ぶらじゃ失礼でしょ? なので彼がうんと喜ぶような、あっという間に機嫌を直すような、美味しいチーズケーキを持っていってあげたいんです。彼、チーズケーキが好物のようですから」
     まるで酒場で親しい友に話しかけるが如く、歌うように宣ったそれは、恐らく彼の友人である国王陛下のことであろう。私的に親しい友であることは聞いていたが、想像していたよりもずっと近い距離だったのかもしれない。少なくとも、一国の王からの誘いを断ることができる程には。
     黙って静観を続けてると、とうとう彼が自分に歩み寄ってくる。見上げた彼の顔は、逆光で不明瞭であったが、こちらを見据える双眸だけは冷静に固まったままだった。
    「酷いな、答えてくれないなんて。僕達お友達でしょう?」
     次の瞬間、張り付けられていた己の指先が燃えるように痛みだす。思わず声を上げれば、男は自分の耳元に顔を寄せた。
    「あぁ、良かった。ようやく喋ってくれた。フフ、知ってますか? 指先って、人体の中でも特に神経が集中している場所なんですよ。だから、こんな可愛らしい小針を指しただけでも、大の大人が悶絶するほどに激痛が走るんですって。エルフに効果があることは知ってましたが……ドワーフにもちゃんと効くんですね」
     鼓膜に注がれる声は、赤子をあやしつけるかのように、滑らかで優しい。そのギャップに、背骨を悪寒が舐めあげる。
    「怯えてる? なんだ、ドワーフもちゃんと怯えるんだ」
     男は身体を離すと、壁に凭れかかってこちらを見つめた。
    「貴方もそんな顔するんですね。本当に興味深い。貴方が城にやってきて二ヶ月、最初はトキシック・マスキュリティに呑み込まれ、僕を軟弱者と侮り、見下した態度を隠さなかった貴方が、徐々に僕に心を許してくれる様を眺めているのは、実に楽しかったですよ。僕を気に入ってくれた貴方は、様々なことを話してくれましたね。貴方の故郷のこと、家族との確執、仕事の悩み……ライオスの暗殺計画。え、話してない? 直接的にはね。でも、貴方が会話の中で零した断片を拾っていけば、貴方が祖国から送り込まれてきたスパイだなんてことは一瞬でわかる。問題は物証でした。こちらがただ訴えるだけでは、末端の貴方がトカゲの尻尾切りをされて終わるだけですからね。でも、流石に仲間とのやり取りの手紙を抑えられたら、言い訳できないでしょう?……あぁ、そうそう。途中から手紙のやり取りをしていた相手、それは僕です。その節はどうも」
     天井から吊るされたランプの光に羽虫が集まっては、衝突を繰り返す。どうやら自分も、光に誘われてやってきた虫の一匹であったようだ。目の前の男は話を続けた。
    「突然地下から湧いて出てきた国の王が、ちっぽけな短命種の男だなんて、まあ目障りだったでしょう。しかもその国はとっくにエルフの息がかかってると来たもんだ。今更取り入るには手遅れ。カーカブルードのノーム達からも目の敵にされてると来てる。エルフ達が海をわたって東方にやって来る際の中継地点としても、この国は大変便利ですからね。西方と戦争になったとき、エルフ側につかれちゃ確実に邪魔になる。じゃあどうするか。国王を暗殺して混乱を招き、その隙に侵略をかける。まったく、長命種が考えそうな傲慢で横暴な作戦だ」
     カブルーは顎に手を当てると、呆れたように息を吐き出した。
    「あなた達がそんな野蛮な暗殺計画を立てて城に乗り込んできれくれたお陰で、僕は貴方をほぼ付きっきりで監視し、計画を突き止める羽目になった。いや、楽しかったですよ。貴方を観察するのは。でもライオスの誘いを断ってまで、やりたいわけじゃ無い。本当に、本当に辛かった。俺から断られる度に、傷ついた顔を見せるライオスを見るのは……。今まで断ったことなんて無かったから、ビックリさせちゃったんでしょうね。後でちゃんと謝らなきゃ。貴方もそう思うでしょう? だから、ね。教えてほしいんですよ、美味しいチーズケーキを売っているお店と……ついでに、貴方のボスを」
     彼はそこで言葉を切ると、木箱の上に並べられた物を手に取り、再びこちらに歩み寄る。暗闇の中から姿を見せた彼の手に握られていたのは、使い古されたペンチであった。自然と浅くなる呼吸に、カブルーは憐れむように笑みを象ってみせると、こちらの顎を掴んだ。
    「やっぱり答えてくれないんですね。まあ良いですけど。幸い僕も明日はお休みですし、時間はたっぷりとあります」
     彼の手に握られた工具が、己の口内に侵入する。縋るように見上げれば、男はまるで安心させるみたいに指先で頬を撫でた。
    「心配しないで。夜は長いですから」
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    uncimorimori12

    PASTみずいこ
    Webオンリーで唯一ちょとだけ理性があったとこです(なんかまともの書かなくちゃと思って)
    アルコール・ドリブン「あ、いこさんや」
     開口一番放たれた言葉は、普段の聞き慣れたどこか抑揚のない落ち着いたものと違い、ひどくおぼつかない口ぶりであった。語尾の丸い呼ばれ方に、顔色には一切出ていないとはいえ水上が大変酔っていることを悟る。生駒は座敷に上がると、壁にもたれる水上の肩を叩いた。
    「そう、イコさんがお迎え来たでー。敏志くん帰りましょー」
    「なんで?」
    「ベロベロなってるから、水上」
    「帰ったらいこさんも帰るから、いや」
    「お前回収しに来たのに見捨てんって〜」
    「すみません生駒さん」
     水上の隣に座っていた荒船が申し訳なさそうに軽く頭を下げる。この居酒屋へは荒船に誘われてやって来た。夕飯を食べ終え、風呂にでも入ろうとしたところで荒船から連絡が来たのだ。LINEを開いてみれば、「夜分遅くに失礼します」という畏まった挨拶に始まり、ボーダーの同期メンツ数名と居酒屋で飲んでいたこと。そこで珍しく水上が酔っ払ってしまったこと。出来れば生駒に迎えに来て欲しいこと。そんなことが実に丁寧な文章で居酒屋の位置情報と共に送られて来た。そんなわけで生駒は片道三十分、自分の家から歩いてこの繁華街にある居酒屋へと足を運んだのである。
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