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    uncimorimori12

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    カブライ
    かぶちとリンがお喋りしてるだけ

    #カブライ

    貴方の知らない顔 店の入口から漏れる僅かな陽光を反射し、掌中の硬貨が鈍色に輝く。地を叩くような雨季はなりを潜め、外気は夏と呼んで差し支えない程に茹だっている。地平線を曖昧に濁す陽炎は、肌に纏わりついては滴り落ちる湿気を容易に想起させた。
     リンシャはまるで役に立たないシーリングファンを苦々しく見上げると、手元の扇子を広げる。東方群島からやって来たという行商から気まぐれで購入した扇子は、今や無くてはならない存在だ。地紙に描かれた湖面を泳ぐ紅白の魚も、涼しげで気に入っている。リンシャは手元のコインを脇に置くと、これみよがしな溜息をついた。
     王の結婚祝いにと記念硬貨が発行されて一ヶ月、夫妻の横顔が並んだ硬貨は、貨幣としてよりも、人々のお守りとして機能している。なんでも、これ一枚持っていれば、城下町から遠く離れた地域でも魔物に襲われないとかなんとか。確たる証拠もない眉唾ものの噂を、人々はなんの疑いも無く信じているのだ。まったく、バカバカしい。
     ジューンブライドだとか言ったか。一年で最も婚姻に相応しいとされる季節に、国王陛下、もとい知り合いの魔物オタク、もとい友人の友人である男は結婚した。お陰で皇后お披露目のパレードなどとっくに終わったと言うのに、国民は未だにお祭りモードで、飲食店などは賑わっている。
     対して、リンシャが店番をする薬屋はそうでもない。ことも無い。というのも、浮かれて酒に溺れた酔っぱらい共がやれ二日酔いが辛いだの、酔いに任せて怪我をしたから薬草をくれだの、後を絶たない。お陰でいつもより実入りが良いが、客の質が少々下がったのが疵だ。ただでさえ暑さで気が立っているというのに、酒の匂いを残す愚か者たちの相手をするのは骨が折れる。
     頼むから今日はもう、面倒な客は来ないでくれ。
     リンシャの悲痛な祈りはしかし、天に届くことは無かった。
    「やあ」
     ドアベルを鳴らしたのは幼馴染の男であった。意外な客人に、リンシャはバレない程度に目を眇める。カブルーは汗を拭うと、客用の席を取ってレジの前に並べた。
    「なんの用」
    「用事が無くちゃ会いに来ちゃいけないの?」
    「そういうわけじゃ無いけど」
     リンシャは渋々立ち上がると、グラスを二人分取り出す。
    「もしかして、暫く会いに来れなかったから拗ねてた?」
    「バカ」
     水の入ったグラスを差し出せば、カブルーは一気に半分ほど飲み干す。それだけで、日差しを避ける店内からでも、外の炎陽の苛烈さが分かった。
    「三ヶ月ぶり?」
    「そうだね。前回薬をもらいに行った以来、会いに来れてなかったから」
    「忙しかったの?」
    「まあね。流石にここ最近は寝る間も惜しんでって感じだったけど、でももう大丈夫」
     カブルーはそう言って椅子に深く腰掛ける。彼の言う通り、顔色はそこまで悪くなさそうだ。寝不足の様子も見られない。
    「意外」
    「え?」
    「元気なの」
     カブルーは昔から不眠気味の男であった。というのも、彼の故郷で味わったトラウマが未だに忘れられず、夢に出てくるというのだ。酒量をコントロールできるこの男にしては珍しく、入眠のために酒の力を借りて、二日酔いに苛まれている姿も時折目にするほどだった。そこで、見かねたリンシャから、薬の力を頼るようカブルーに持ちかけたのだ。
     どうしても眠れなくて酒の量を見誤りそうになるくらいなら、睡眠薬でぐっすり眠った方が俄然健全だ。身体の不調の為に服薬するのは全く悪いことでは無い。そう言い含めれば、カブルーはポカンとした顔でこちらを見下ろし、「俺、そんな酷い顔してた?」と、恥ずかしそうに口を覆っていた。
     それからは、リンシャが調合した睡眠薬を、いつでも飲めるように持たせていた。その習慣はカブルーが王宮務めになってからも変わらず、半年に一回ほど薬屋に訪れては、こうしてリンシャから薬を買うのだ。
     そう、半年。途中でご飯に行ったり、自分から王宮に会いに行ったりなどもあるが、彼が薬屋を訪れる頻度は半年に一度ほどだ。しかし、今回は前回から三ヶ月しか経っていないのに、もう薬を買いに来ている。これはさぞ睡眠薬を高頻度で呑まないとやっていられないほどに、疲れ果てているのではなかろうか。そう思ったのに、肝心の本人はケロッとしている。
     不思議に思い尋ねれば、カブルーはリンシャの意図に気がついたようで、慌てて首を横に振った。
    「違うちがう、俺じゃ無いんだ。俺は相変わらずだけど、今回睡眠薬が欲しいのは別の人」
    「ふうん」
     そういうものか。
     納得しかけて、ふと疑問が湧く。べつに、リンシャがカブルーに渡しているのはなんの変哲も無い、どこにでもある睡眠薬だ。特別効きが良いとか、飲みやすいとか、そんなことは無い。だというのに、カブルーがわざわざ王宮勤めの医者をすっ飛ばして薬屋を訪れるのは、ひとえにリンシャの顔を見る為だ。確認したことは無いが、そう確信できるほどにはこの男とは付き合いが長かったし、ある程度大切にされている自覚もあった。なので今回も、顔を見るついでに理由をつけて立ち寄ったのだろう。そうとは結論づけしつつも、一応降ってわいた疑問は気にはなるので、リンシャは口を開いた。
    「王宮のご立派な医者が調合する薬よりも、短命種の女が作った薬が良いとか言い出す物好きがいるんだ」
     考えなしにぶつけた問いを、しかし次の瞬間後悔することになる。
     カブルーが表情を引っ込めたからだ。
    「うん。王宮の医者には頼めなくて」
     貼り付けた笑みを浮かべるカブルーの表情に、厄介ごとの気配を嗅ぎ取る。
     王宮の医者に頼めない薬とはなんだ。自分の薬には目立った特徴など無い。だとすると、薬では無く、調合してくれる人間の方が重要だ。王宮に出入りする人間に頼めなくて、リンシャには頼める理由。
     そこまで考えて、リンシャは顔を顰めた。
    「依頼人はちょっと恥ずかしがり屋で」
    「いい、分かったから。それ以上言わなくて大丈夫」
    「そう?」
    「喋らないで。面倒なことに巻き込まれるのは勘弁」
     白々しい返答に顔を背ける。
     睡眠薬を呑んでいることを王宮に出入りしている人間にバレたく無い人物なんて、そんなの限られる。しかもカブルーが駆り出されているとなれば、十中八九『王様』だろう。何が理由かは知らないが、国王陛下は不眠に悩まされているらしい。結婚直後の一番幸福であろう時期にそんな状態とは、不思議なものだ。
     いや、だからこそバレたく無いのか。新婚であるというのに精神的に摩耗している王様なんて、外聞が悪い。世継ぎの話にも直結してくるのに、もし『メリニの国王夫妻は子供もいないのに不仲』なんて根も葉も無い噂が広まったら、他国に付け入る隙を与えてしまうし、国民にも余計な不安を与える。困ったことに、あの魔物オタクの人柄を考えると、その噂に根も葉も生えていそうだから厄介だ。
     大方、気の進まない結婚に加え、子作りをせかされ気が滅入っているといったところか。以前マルシルも、「ライオスってば、どんなに美人の肖像画が送られてきても、どれもピンと来ないみたい」とボヤいてた程である。といっても、歴史があるとはいえほぼ新興国の、『悪食王』などと仰々しい異名がついている王に嫁ぎたい物好きな王妃もそうそう居ないだろう。しかも中身がノンデリの魔物オタクとなれば尚更だ。リンシャからしてみれば、そんな王家に嫁ぎに来てくれる女性を疎むなんて、いったい何様だといった所である。
    「一応確認するけど、種族は?」
    「トールマンの成人男性」
     予想通りの返答に内心辟易しながら、薬を用意する為に席を立つ。種族ごとに適切な量が違うので必要な質問であったが、外れていなかったことに落胆した。
    「カブルーの分は、足りてる?」
    「うん、今回は大丈夫。ありがとう」
    「へえ、本当に元気なんだ」
    「……どういう意味?」
     背中にかかる不思議そうな声に、振り返ること無くリンシャは答えた。
    「王様が結婚して、もっと落ち込んでるかと思った」
     息を呑む気配がする。構うこと無く薬草を袋詰めしていると、やがて大きな溜息が聞こえた。
    「どうして落ち込む必要が? 友人の結婚だ、勿論めでたいよ」
    「べつにいいけど。その誤魔化し、私相手に本当に通じると思ってる?」
     袋詰めの終わった薬草を押し付ける。カブルーは何か言おうと口を開きかけたが、すぐに口を閉じて肩を竦めた。
    「リンシャに隠し事は無理だな」
    「今更でしょ」
    「でも、めでたいと思っているのは本当だよ。心の底から」
    「ふうん。随分と殊勝」
     皮肉を込めたというのに、カブルーはただ平然と微笑むだけだった。
     あの兄妹が、自分が支援するに値するか知りたい。最初はそんなことを言って、あの男を追いかけていた。いつもだったら小一時間もあれば友人になるなんて容易いというのに、どういうわけかライオス・トーデンという男には、カブルーの小手先のテクニックは全く効かない。他人を虜にするなんて訳無い、少々世間を舐めたところがあるこの男が、日々無視され袖にされている様を眺めるのは愉快ですらあった。
     同時に奇妙でもあった。ただ兄妹の目的を知りたいと言うのならば、望みの薄い兄よりも、妹の方にアプローチをかけた方がずっと容易だ。外から傍観しているだけのリンシャから見ても、妹の方が幾分か話が通じるように見えた。だと言うのに、「短命種の迷宮踏破のため」なんて大義名分を掲げながら、カブルーはひたすら堅物そうな兄の方に話しかけるのだ。非効率この上ない。そこでリンシャも勘付いた。
     こいつ、本当に興味があるのは『熟練のパーティーのリーダー』などではなく、『ライオス・トーデン』だ。その上、自分の興味の矛先に気が付いてない。
     他人の心は見透かしているくせして、自分の興味関心にはここまで鈍いとは。リンシャは心底呆れ果てた。といっても、家事がとことん出来なかったり、食事を平気で抜いたりと、昔から自分のことに関しては割と無関心な所があるのだ。今回も己を顧みないカブルーの悪癖が出たということだろう。
     そうは言いつつも、やぶ蛇を突くのは御免であったので、ライオスに翻弄されるカブルーを、リンシャはただ静観していた。気が付けば赤の他人から知りあいの段階をすっ飛ばし、側近にまで出世していたが、「あの人誑しだしな」と、見守ることに徹していたのである。
     カブルーが己の気持ちを自覚したことに気が付いたのは、彼の口からライオスの話が出る頻度が減ってからである。それまではやれライオスがまた太った、腹を壊した、城を抜け出した、などなど。話題に関しては枚挙に暇がないほどであったのだが、ある時からピタリと止まった。話すには話すが、城の話題の延長線で出てくる程度だ。きっと、家族みたいな人間相手に、想い人の話をしている事実に居た堪れなくなったのだろう。リンシャの想いを慮った点もあるかもしれない。
     そう。口がよく周り、人好きのする、世渡り上手のこの幼馴染は、うっかり自分とは正反対の、一切口八丁が効かない相手に恋をしてしまったのである。その上、自覚した瞬間から失恋が確定しているのも哀れだ。一国の主である男に恋をしたところで、子を成せない以上勝ち目など無い。これがカブルーが政治とは全く関係の無い立場にいたのなら話は違ったかもしれないが、王の側近という立場がある以上、妾になる道も無いだろう。一度王の手つきであるなんて噂が流れてしまったら、彼は政争に二度と参加できなくなる。王を誑かし裏で操っている可能性のある者の話に、真面目に取り合ってくれる者など居ない。ただでさえ短命種の若造というだけで舐められやすいのだ、弱みはできるだけ排除するに限る。
     あぁ、だからか。恋をしたところで望みの薄い相手に、いつまでも拘ってるわけにもいかない。ある程度自分の気持ちに区切りをつけたのか。
    「もっと執念深いタチかと思ってた」
    「今もだよ」
     しかし、こぼれ落ちた独り言はすぐさま否定される。キッパリと言い切った物言いに驚いて目を剥けば、目の前の男は大事そうに薬草の袋を抱えていた。
    「……それなのに元気で、なんともなくて、めでたいの?」
     リンシャの疑問に、カブルーは目を伏せた。
    「うん。むしろ安心してる。彼の方からどうせ叶わない想いだって否定される度に、自分が余計な期待を持たずに済むからね」
    「なにそれ、後ろ向きすぎる」
    「でも実際、立場上、どうひっくり返ってもこの想いが不毛なのは変わらない事実だ。それに、そう悪いことだけでも無いよ」
     カブルーはまるで遠くを見るかのように目を細める。頭上のファンは、欠伸でもするかのようにゆったりと回っていた。
    「俺がこの仕事をしながら彼の隣にいられるのも、全部彼が王様を全うしているからだ。彼が王様じゃ無かったら俺はこの国の中心にいながら、人が歴史を紡ぐ様を見ることは叶わなかった。彼の隣という特等席で、彼の人生を鑑賞することは叶わなかった。リン、君は後ろ向きだと言ったけど、それは違う。俺は今、誰よりも何よりも、良い思いをさせてもらってる。俺の人生を捧げても、補ってあまりあるほどだ。だからさ、ほんと……俺の感情なんて、彼の前だと些事なんだよ」
     強がりでも悲観でも無い、心からの言葉なのだろう。カブルーはただ満足そうに眉を下げた。
     馬鹿なやつ。
     なんでもかんでも分かったフリして、物わかりの良い顔をして。そんな健気な男が、「自分の人生ぜんぶを使って、この男の隣にいたい」なんて、言うわけが無いだろう。自分の本音に気が付くのにも時間がかかったくせに、何を言ってるんだか。ここまで来て未だに己の中のエゴに無自覚だから呆れたものだ。
     でも、それを指摘してやる道理も無い。
    「そう」
     リンシャはただ素っ気なく返す。そうこうしている内に、店に新たな客が顔を出した。
    「そろそろ行くよ」
     カブルーは残りの水を飲み干すと、薬代を手渡す。お代は、あの鈍色の記念硬貨であった。
    「なにこれ、あてつけ?」
     つい眉を顰めれば、カブルーは勿体ぶった仕草で両手を上げる。
    「まさか。我が国の民に、国王夫妻の顔を覚えてもらえるよう、臣下として働きかけてるだけだよ。それ、魔物よけとしても流行ってるみたいだしね」
    「生憎だけど、もう持ってる」
    「じゃあ失くした時の予備に持っておくといい」
     カブルーは片目を瞑ると、揚々と席を立つ。男の去り際、リンシャはその背中に声をかけた。
    「カブルー」
    「ん?」
    「後悔は無いようにね」
     振り返ったカブルーは目を丸くすると、くしゃりと表情を崩す。
    「うん。精々観覧料は、働いて返すさ」
     そう言い残すと、カブルーは今度こそ去っていった。リンシャは改めて、手元のコインを眺める。
     硬貨に彫られた王の横顔は、色もなくどこか冷たい印象を抱かせる。リンシャが知っている、仲間に見せる砕けた表情とは大違いだ。これのどこが王の顔というのだろう。
     本当は独り占めしたいんだろう、この男の素顔を。
    「……馬鹿すぎる」
     リンシャは溜息を吐くと、二枚の硬貨を雑にコインボックスに突っ込む。
     カブルーが秘めた心の内を彼女に打ち明けたのは、後にも先にもこの一度きりのみであった。
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    uncimorimori12

    PASTみずいこ
    Webオンリーで唯一ちょとだけ理性があったとこです(なんかまともの書かなくちゃと思って)
    アルコール・ドリブン「あ、いこさんや」
     開口一番放たれた言葉は、普段の聞き慣れたどこか抑揚のない落ち着いたものと違い、ひどくおぼつかない口ぶりであった。語尾の丸い呼ばれ方に、顔色には一切出ていないとはいえ水上が大変酔っていることを悟る。生駒は座敷に上がると、壁にもたれる水上の肩を叩いた。
    「そう、イコさんがお迎え来たでー。敏志くん帰りましょー」
    「なんで?」
    「ベロベロなってるから、水上」
    「帰ったらいこさんも帰るから、いや」
    「お前回収しに来たのに見捨てんって〜」
    「すみません生駒さん」
     水上の隣に座っていた荒船が申し訳なさそうに軽く頭を下げる。この居酒屋へは荒船に誘われてやって来た。夕飯を食べ終え、風呂にでも入ろうとしたところで荒船から連絡が来たのだ。LINEを開いてみれば、「夜分遅くに失礼します」という畏まった挨拶に始まり、ボーダーの同期メンツ数名と居酒屋で飲んでいたこと。そこで珍しく水上が酔っ払ってしまったこと。出来れば生駒に迎えに来て欲しいこと。そんなことが実に丁寧な文章で居酒屋の位置情報と共に送られて来た。そんなわけで生駒は片道三十分、自分の家から歩いてこの繁華街にある居酒屋へと足を運んだのである。
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