映るのは「……と言う訳で、早速着けてみてくれるかな」
その訳を説明されても、俺に着ける義理は無いのだが。高校を卒業して工科大生活が始まってからというもの、徐庶と学部が同じことで出会った一癖ある彼の行動には呆れさせられた。流石教授から、創学以来の変わり者と言われるだけはある。大学部まである筈の名門鳳凰学院から、自由に発明へ没頭したいだけで此方を選んだという経緯だけでも納得したが。
ゼミ棟の一室に篭っていたかと思えば、今も翡翠に光るサングラスの様な電子機器を否応無しに持たされてしまった。
「ですから、何で俺まで」
「ははっ、何事もデータは多いに越したことないじゃないか」
要は趣味で作った発明品の実験台だろ。無邪気に至極当然という表情で答えられ、溜息を吐く。
「……報恩はたっぷり貰います」
「新たな着想の為なら、幾らでも……先ずは世界の拷問器具の本、なんてどうかな」
「……まぁ、悪くないですね」
この人が持って来る本、尖って面白いので余計悔しい。即答されれば、試してみるしか無い。やや重い掛け心地から覗く景色は、未だ笑顔の満寵殿だった。
「それで……どうすれば良いんです」
「右横のスイッチを押して貰えれば、解析が始まるようになっているんだ……終われば自然と映る筈さ」
以前、派手に部屋の窓ガラスを吹っ飛ばしたこともあるからな。無事に終わることを祈りながら、半信半疑でスイッチへ指先を伸ばした。多少の機械音がするだけで、何事も無い。そもそも俺は、心底では求めていなかったのでは。不意に瞳を閉じ、睫毛を瞬かせた瞬間。
心音が、大きく高鳴った。
説明を聞いた時は正直、現れるのは祖父だと思っていたのに。俺はやはり、全てを変えられたと芯から理解させられた。
窓辺から差し込む陽に揺れる金髪、同じ色で真っ直ぐに射抜く強い眼差し。鍛えられ隆々とした身体に、釘付けになる。手を伸ばせば、触れられそうで。
『脳内の記憶を信号化して、精巧に構築するんだ……一番印象に残っている、大切な存在が映る筈だよ』
ARデバイスとは、罪深い道具だ。幾ら何でも、鮮明過ぎますよ。そこには、確かに。
「馬超殿……」
バイクレースの為就職して、今は遠方に居るのは解っているのに。つい名を浮かべてしまう程に求めて、体温も思い出せてしまう。暫く離れていてもそこまで執拗に、脳裏へこびり付くとは。
思わず、口元が緩んでしまった。やはりあの頃と変わらず、貴方が大嫌いです。
「うん……見えたみたいだね、馬超殿」
言葉で我に返り、デバイスを外した。口に出していたのか。羞恥も混ざり睨み付けた視線を送ったが、ものともされず瞳を子供の様に輝かせ顔を覗き込まれる。
「成程……馬超殿というのは、法正殿にとってどの様な人なのかな」
早速核心を突かれ、言葉を探す。俺が視線を外してしまう程怯むとは、本当に変わった感覚の持ち主だ。
「……高校の、同級生です」
当たり障りの無い事実だけ述べたが、満寵殿の探究心は止まりそうにない。
「そうか……うーん……ただそれだけでは、この再現率にはならない筈だけれど……余程仲が良いか、もっと深い仲だったりするのかな?他に考えられる可能性は……」
「も、もう良いでしょう……それより、開発は進みそうなんですか」
画面と俺を見比べ、更に追い撃ちを仕掛けてくるので話題を変える。満寵殿は満足そうな笑みを浮かべ、食い入る様に画面を見つめ呟いた。
「お陰様で、また一つ興味深い成果を得られたよ……遠く離れても、すぐに出会えるなんて楽しみじゃないか」
貴方は興味の延長かもしれないが、確かに道具一つで鼓動が昂ったのは認めざるを得ない。ある意味こういう人間が、世界を変えてしまうのだろうか。末恐ろしいが、見てみたくもある。
「ふむ……だとすると、どの程度感情が揺れ動くかで記憶が鮮明になるのか気になるな……私はそういった種類の感情に疎いからね……そうだ!今度馬超殿と会う際は教えてくれないか、法正殿に是非実験して欲しい機器が」
「絶対に、嫌です」
無邪気に手を取り、次から次へ土足で入り込むのは勘弁して欲しい。ただ胸が熱くなり満たされる経験を与えられた恩だけは、今度返しても良いかと口元を緩めた。
「……そういえば昨日、徐庶殿にも試して貰ったのだけれど……馬岱殿、っていう人は知り合いなのかな?」
あいつの反応に想像が付いてしまったので、一応口は噤んでやろう。