ちょはん カタギ?編 仕事をして、空いた時間にここに立ち寄り、時間が合えば夜を共にする。そんな普通の人間のような生活にやっと慣れてきた。趙のマンションに気兼ねなく出入りできるようになって季節は変わり、もう冬になっていた。
去年の今頃は本当に大変だった。多くを失って、何もかも変わった。初めて得た仲間のことを考えて、ソンヒはカタギの人間から距離を置くようにと言明した。春日さんたちはあの騒動が無ければ関わることすらなかった人たちだ。我々のような家業の人間は、どうしてもまっとうな人間の足を引っ張ってしまう。寂しいけれど、妥当な判断だ。
自分が異人町に来た時と比べると、少しずつ「仕事」は減っている。今は専ら組織運営と若手の育成に回っていて、意識的にトレーニングの時間を作らなければ体が錆びていくほど平和だ。事務仕事は嫌いではないが、得意ではない。簡単すぎてつまらない。
今日も、趙の家のリビングでレシートの処理を行う。「未処理」の籠の紙にある数字たちを入力して「処理済」の籠に移す簡単な作業を黙々と行っていた。
そこへ、
「ハンくん!見て見て~!!」
と家主が封筒を引っ提げてやってきた。
「どうかしましたか?」
趙がとても嬉しそうだ。何かいい知らせがあったのだろう。楽しい話を聞くのは大好きだ。作業中のノートパソコンを閉じる間もなく、封筒が画面の前に置かれた。私が開いてもいいのだろうか。封筒に手を伸ばすと、趙にそっと手で制止される。いつのまにか彼は隣に座っていて、くっついてきた。
「ドドン!刮目せよ~!」
もったいぶりながら封筒を指でぴっと開く。そして大仰な仕草で中身をゆっくりゆっくり引き出した。その効果音を使うなら同時に出すものではないのか。たまに彼のセンスは分からない。
「じゃ~ん!!!」
「合格証書?」
「そ、合格証書!調理師試験に合格したよ~。頑張った甲斐があったなぁ」
資格なんて何も持ってないという話を春日さんたちと盛り上がったことを思い出す。春日さんといえば大海原資格学校では随分とカモられていたし、コミジュルでも何か資格ビジネスに参入してはどうかという話をソンヒにした覚えがあった。却下されたが。
調理師試験はさすがに私でも知っている。飲食の仕事をするときは持っていた方がいいというやつだ。そんな有名な試験の合格通知がここまで簡素な驚きを隠せなかった。ちょっとした試験でも胴上げされて立派な表彰状のような合格証書をもらえるものだと思っていた。
「これがあれば店に箔が付くってことですか?」
「いや、ここからが本番。役所に必要書類を提出して、免許証をもらえば晴れて俺に箔が付くってわけ」
「箔、ですか。中華の鉄人とか?」
「いいねぇ~それ。いつかは、そう呼ばれてみたいな」
いつか、か。そういえば趙はもう総帥ではない。ボディガードもつかないし、横浜流氓の仕事は基本的には受けないスタイルを貫いている。彼の店には一般の人も流氓のメンバーもやってくる。足立さんもよく食べに来ると言っていた。
「では横浜流氓の趙ではなくなる、と」
「俺は、佑天飯店の趙おじさんがちょうどいいと思ってる」
佑天飯店の趙おじさん……本当に?彼が本当にカタギになってしまっても、私はここに帰ってきていいのだろうか。大喜びの彼の様子を素直に喜べない自分がいた。