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    takamura_lmw

    @takamura_lmw
    本アカのマストドン避難所(fedi): @takamura_lmw@fedibird.com
    ※日常ツイートです

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    takamura_lmw

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    事変最終盤〜回遊前の頃に書いてた五伏(さとめぐ)で脹虎。これも書きかけで放置している間に本誌がえらいことになり、もう書かないだろうので供養。

    五伏&脹虎/ボツ 伏黒と五条先生がこじれた。恋愛的な意味で。
     俺は二人が付き合っていたことも知らなかったので——お互いすごく大事な人なんだろうとは思っていたが、いわゆるおつきあいをしているとまでは思っていなかった——、そりゃもう大いに驚いた。
     突然うちにやってきた伏黒が、インターホン越しに今晩泊めてくれというので、おっけーおっけーと軽い気持ちでドアを開けたら、真っ赤に泣き腫らした目をしていた時の衝撃は、当分忘れられそうにない。
    「伏黒?! どした?!」
    「…虎杖、悪い、突然」
     それは全然いいけど、と背中を押して部屋の中へ押し込む。ふらふらしながら靴を脱ぎ、ソファにへたり込んだ伏黒は、全くいつもの伏黒恵らしくなかった。背中を丸めて座ったまま、微動だにしない。
     羽織ったままのコートを脱がせると、その下はどう見ても部屋着のスウェットで、俺はだんだん悪い予感がしてきた。よく見れば靴下も履いていない。
     伏黒の暮らすマンションからここまでは、終電も終わった今、歩けばゆうに一時間はかかる。タクシーなら十数分程度だが、それらしい車の音はしなかった。鵺で飛んでくるという選択肢がないわけじゃないが、非術師の目に触れる危険をこいつが侵すとは思えない。
     部屋着に、コートだけ羽織って、靴下も履かず、涙の跡を顔いっぱいにつけて、伏黒は歩いてきた。一時間かけて、俺の家まで。
    「気持ち悪くないか? 怪我はない?」
    「ない…」
     のろのろと首を振る、この伏黒の返事を信じるのは素人だ。こいつは自分の怪我や病気を軽く見積もり過ぎるきらいがある。人の怪我にはうるさいくせにな。
     やめろと言われるのを無視して、スウェットの上から全身をさっと検める。だいぶ冷えていたが、大きな怪我はなさそうだった。熱もない。
     顎を掴んで骨と筋を確かめたが、顔を殴られた様子もない。
     ほっとして、念のため最後にスウェットの袖をまくって、俺はそこで凍りついた。
     骨ばった伏黒の手首には、馬鹿みたいに大きな手の跡があった。
     伏黒の手を、正面から、力任せに握ったような赤い痣。
     慌てて手を返させると、目立たないものの、手の甲にも擦り傷がいくらかと、指の関節に腫れが出ていた。
     呆然と見下ろす俺の前で、気まずそうに伏黒が袖を引っ張り下ろした。
    「…俺、そのサイズの手の人、一人しか知らんのだけど」
    「…俺が悪いんだ、怒らせて、」
    「いや怒らせたからって元生徒の手こんな痣残るほど掴む?! ていうかこれ掴んで床か壁に叩きつけたんだろ、いくら五条先生でも…」
     そこで伏黒がぼろっと涙をこぼした。
     俺は絶句して、友人の白い頬をぼたぼたとこぼれ落ちる涙を見つめた。
    「伏黒…」
    「俺が悪いんだ、俺が…」
     ——何があったのか聞けないまま、その日は二人で眠った。
     目を覚ますたび、伏黒の頬を濡らす涙を拭いて、俺は一つだけ、固く決心していた。


     
    「お、お久しぶりです…」
     ぺこりと頭を下げた伏黒に、男はぼんやりとひとつ頷いた。 
    「上がれ」
     玄関先からのっそり踵を返して、こちらを確認することもなくするすると家の奥に向かって歩いていく。置いてけぼりにされた伏黒が目を白黒させているのを、俺は後ろから肩を叩いて促した。
    「ほら、上がって上がって。わりーね、愛想なくて」
    「いや、上がっていいのか…?」
    「上がれって言ってたっしょ。頷いてたし。歓迎されてるよ」
    「いやあれでか?」
     男——脹相は消えていった板戸からひょこと顔を出し、「来ないのか?」と怪訝そうな顔をした。今行く、と返して、伏黒に笑いかけると、彼はなんだか釈然としないような顔で靴を脱いだ。
     今朝目を覚ました伏黒は、家に帰りたくないと言った。家に帰れば先生に見つかるから、と。だが俺の家にいても、先生にはすぐに見つかるだろう。家出した伏黒が頼る先として、真っ先に候補に上がるのは俺だろうから。あとは釘崎と、それから先輩たち。同性の同級生で、家も数キロしか離れていない俺は、まず間違いなく第一候補だ。
     それなのに今朝まで五条先生から何の接触もなかったのは、先生と伏黒の間に何があったにせよ、少なくとも一晩は冷却期間を置こうというつもりだろう。どうせ伏黒は俺か釘崎のところにいるだろうから、一旦頭を冷やして落ち着いて、それから連絡すればいい、と。
     伏黒は、けれど、一晩明けても先生とは会いたくないと言った。見つかりたくない、顔を合わせたくない。俺が悪い、怒らせた、もうこれ以上怒らせたくない、迷惑をかけたくない、…嫌われたくない。辿々しく吐露する伏黒が可哀想で、切なくて、俺は伏黒を全力で匿うことを決意したのだった。
     とはいえ、俺のカードは限られている。俺も伏黒も呪術師としての仕事がある以上、JALでひとっ飛びめんそーれ沖縄、なんてことはできない。釘崎お得意の都内バカ高ホテルステイならいけるが、ホテルや宿泊施設の類はあちらに情報がダダ漏れだろう。となると残るはひとつ。
     俺が伏黒の潜伏先として選んだのは、高専の敷地のはずれに設えられたこの平屋——俺の「兄」、脹相の檻だった。
     全て終わった後、脹相は高専預かりとなった。それはそうだろう、特級呪物の受肉体だ。野放しにはできない。一方で、人間に敵意を抱いていない今、同じ術式を持つどの術師より高度に練り上げられたその赤血操術は、呪術界として失うには惜しいものだった。身元引き受け人の五条家で引き取るやら、戦力のガタ落ちした禪院で囲うやら、「製造元」の加茂が迎えるやら、様々に思惑と権謀術数が渦巻いたが、結局は五条先生のゴリ押しで、脹相の身柄は高専の管轄ということに落ち着いた。高専も中立ではないが、あの泥沼のようなあれこれを経て、五条派、正確には五条悟派が多数を占めつつある。脹相を置いておくには一番安全で、自由だった。
     赤血操術を教わりたかったらしい——というと「教わるんじゃなく研究だ」と怒られるが——京都の加茂先輩は悔しがったが、逆に高専預かりとなったことで気軽にコンタクトできることに気づいてからは、ちょいちょい東京にやってきては入り浸っている。脹相は加茂の血族、それもあの男と同じ名前だとあからさまに嫌な顔をしたものだが、先輩が術式の研鑽にしか興味がないことが知れると、それなりに真面目に相手をしているようだった。
     その脹相に与えられたのが、高専の敷地のはずれ、結界内に更に呪具による結界を敷いた、こじんまりとした平屋の日本家屋だった。
     襖で仕切られた座敷が三つに板間が一つ、土間の奥に簡単なキッチンがあって、後付けの風呂とトイレは廊下の先の別棟。取り立てて大きな屋敷ではないが、脹相一人では持て余すような家だった。脹相自身は起きて半畳寝て一畳を地でいく性格だから、普段はほとんど板間か縁側で過ごしていて、部屋は余っている。加茂先輩はさすがに泊まってはいかないようだが、俺はそこそこ頻繁に泊まりに来ていて、勝手は分かっていた。
     縁側とそのまま繋がった上がり框を進むと、すぐに板間に出る。脹相はここを居間として使っていて、俺が押し付けたこたつ兼用のちゃぶ台がわずかばかりの生活感を添えていた。
     奥のキッチンでごそごそやっている脹相は放っておいて、伏黒を座らせる。こたつ布団はかかっていたが、残念ながら電源が入っていなかったので、勝手にコードをコンセントにさしてスイッチを入れた。脹相はそもそも外気温の変化がさほど本人に影響しないので、こういうところは雑だ。人間の客が来るからこたつ布団を出しておこうと考えたこと自体はかなりの進歩だが。
     そのうちに脹相がお盆を抱えて戻ってきた。緑茶のいい匂いがする。
    「脹相、お茶いれられるようになったん?」
    「加茂がうるさくてな」
     嫌そうに顔をしかめるので、俺はその様子を想像して笑ってしまった。茶くらい出せ、淹れ方がなってない、茶とはこう淹れるものだ、と口うるさく言う加茂先輩の姿がありありと思い浮かぶ。それに閉口しつつ付き合っている脹相も。ふと見ると、伏黒も吹き出すのを堪えるように頬を膨らませて顔をそらしていた。
     昨日から初めて、伏黒が笑った。
     それだけで、俺は伏黒をここに連れてきてよかったと思った。
     

     脹相のいれたお茶はとろりと甘くて、意外なほどうまかった。加茂先輩すげえな。
     そのお茶をすすりながら、俺は脹相に改めて伏黒を匿ってほしいと頭を下げた。
    「らいん(・・・)でも聞いたが、つまりオマエは五条悟から身を隠したいということでいいのか」
     脹相の艶のない目が伏黒を見た。伏黒はうつむきがちに頷いた。
    「理由は。オマエはあの男の弟子なんだろう。師から身を隠すほどのことがあったのか」
     詳しい理由は俺もまだ聞いていなかった。聞かなくてもいいと思ったからだが、実際に伏黒を匿うことになる脹相はそういうわけにもいかないだろう。俺に聞かれたくないかもしれないと思って腰を上げかけたが、伏黒は俺の腕を掴んで首を振った。
    「虎杖も聞いてくれ。——五条さんに、…五条さんと、別れた」 
    「…は?!」
     俺は思わず一旦下ろした腰を秒でまた浮かせた。
    「わか、…付き合ってたん?! ふたり?!」
    「てた。実は」
     俺は天地がひっくり返ったような気持ちだった。仲がいいとは思っていた。思ってたよ。でも付き合ってたとは知らなかった。だって先生だよ? 先生と生徒で、ちょっと待て年齢差いくつだ?
    「いつから?!」
    「………ずっと前」
     そこで脹相が平坦な声で言った。
    「それはオマエが学生の頃からという意味か?」
    「…はい」
    「正確には」
     脹相の声はほとんど尋問のような響きを帯びていた。もしかしなくても、ちょっと怒っている。
    「……付き合い始めたのは、十五」
    「待ってそれ一年の時じゃん?!?!」
    「付き合い始めた、とは正式に交際を始めたのが十五という意味だな? つまりそれ以前にも何かあったように聞こえるが」
    「………も、黙秘」
    「させると思うか?」
     実のところ脹相は、戦闘以外で怒っている時の方が怖い。戦闘時は苛烈で熱い男だが、平時の怒りは氷のように冷たい。身を以て知っている。任務で無茶をして大怪我した時に、死ぬほど思い知った。ちびるかと思った。
     そして今、伏黒はその圧をまともに受けて冷や汗をかいている。
    「伏黒恵」
    「…………元々あの人は俺の後見人みたいなもんで、チビの頃から面倒見てもらってて…あの、色々あって……俺も頼ってたところがあって……」
    「具体的に」
    「……五条さんの手で精通してその、いろいろと…」
    「せいつう?!?!」
    「いつ」
    「じゅ、十三…」
    「じゅうさん?!?!」
    「つまり、オマエは、子供のころからあの男に手篭めにされていたと、そういうことだな?」
     伏黒は弾かれたように顔を上げた。
    「手篭めとか、そういうんじゃなくて…! い、いろいろあって、下級呪霊にあてられて、頭がおかしくなってて、それで五条さんが助けてくれて」
    「だが『いろいろと』あったんだろう?」
    「……でもそれも、俺が五条さんにねだって」
    「そんなことは問題じゃない。それはするべきではないことだ」
     脹相はきっぱりと言った。俺は俺の兄貴(※特級呪物)の倫理観が俺の先生(※最強の呪術師)の倫理観よりしっかりしているのを、複雑な気持ちで噛み締めた。
    「この時代、十三歳も十五歳も子供の範疇だろう。子供に大人が手を出すのは外道だ。どちらが望んだかにかかわらずだ。増して五条悟はオマエの保護者で師だったんだろう。関係が不均衡すぎる。きっかけは事故として処理したとしても、ほかはせめてオマエが大人になってからにするべきだった」
    「……なんか、あんた、思ってたよりきっちりしてるんだな…」
     伏黒が思わずといったようにこぼすと、脹相はゆっくりと瞬いて言った。
    「俺たちの母は呪霊を孕むことのできる胎を持っていた。そのせいでほんの娘の時分に呪霊の子を孕んで産み落とし、骸を抱いて逃げた先で、あの男に弄ばれた。数えで十五の時からだ。毎年毎年、あるいは年に幾度も、呪霊に犯され、俺たちを孕み、わけも分からぬうちに堕胎させられ、体を壊して、心を病んで、いくらもしないうちに死んだ。だが母は最初のうち、あの男を信用していたんだ。愛していたのかもしれない。あいつは甘言を弄して、母を救うためだと信じ込ませた。あの男は大人で、裕福で、頭が良かったし、母は子供だった。母は呪霊のことも呪術のことも何も知らなかった。——伏黒、大人が子供に手を出すというのは、そういうことだ。立場が上の者が下の者に手を出すというのは、そういうことだ。分かるか」
     伏黒は絶句していた。俺もだ。脹相たち呪胎九相図のお母さんの話は何度か聞いていたが、『加茂憲倫』への煮えたぎるような怒りを抜きに語られるそれは、陰惨で、耐え難い苦しみに満ちていた。
    「俺たちは母の苦しみの果てに、母を痛めつけて生まれてきた。俺が生まれないことで母をあんな風に苦しめることがなくなるなら、俺はその方が良かった。…オマエは五条悟に大切にされていたのだろうし、あの男を愛しているんだろう。そうでなければ、母と違って世間の中で、悠仁たちのような仲間に囲まれて過ごして、露見しないはずがない。オマエたちは相想って、幸せだったんだろう。だがそれが搾取ではないとどうして言える? オマエが二十三になった時、十三のオマエを振り返って、それが暴力ではなかったと、オマエの尊厳を貪られただけではなかったと、どうして言える? 成人同士の間でさえそういったことは起こる。まして子供など。だから大人は子供に手を出してはいけないんだ。それは大人の責任だ。子供に押し付けるものではない」
    「………でも」
    「オマエが今どう考えているかはどうでもいい。だが今度街にでも出た時、十三の子供を見てみろ。そこらを犬の子のように駆け回っている子供を。そしてその子供に五条悟が何をしたのか、一度考えてみるがいい」
     それはきついだろうな、と俺は漠然と思った。十三歳。入学したての頃からすればほんの二年前だが、二十歳を迎えた俺たちからすれば、もう十年近くも前だ。その頃の自分の頭が大人だったかと言われれば、とても頷けない。伏黒は複雑な幼少期を送ったようだから、爺ちゃんの庇護のもと能天気に暮らしていた俺に比べればだいぶん大人びてはいただろうが、それでも十三歳は、どうしようもなく子供だ。伏黒に、先生に、その自覚があったにせよ、なかったにせよ。
     伏黒は黙って俯いてしまった。
     脹相はバリバリとあの不可思議な髪型の頭をかき回し、腰を上げて「茶を淹れなおす」と言った。




     キッチンに引っ込んだ脹相の後を追って、俺も土間へ降りる。
    「脹相」
    「…言い過ぎたか」
     俺は黙って首を振った。脹相の言ったことは正論だ。もしかしたら今まで伏黒が目を背けていたのかもしれない、真実。伏黒が五条先生と付き合っていて、そしていざこざがあったらしい今、そこに触れないでおくことは、多分できない。
    「俺、…ごめん。俺もまだ詳しい話は聞いてなくて、こんな話になると思ってなくて。嫌なこと思い出させた」
    「別にいい。気持ちのいい話ではないが、起こったことは変わらない。悠仁の友達がこれ以上傷つけられないためなら、別にいい」
     片手で薬缶をコンロに置きながら俺の頭を撫でた脹相は、わかりにくい微笑みを浮かべた。こいつの基準はいつでも、どこまでも、俺たち——弟たちだ。そしてそれとは別に、子供や、正確には母子(おやこ)に特別な反応を見せる。
     伏黒のことが彼の心の柔らかい部分に触れてしまうとは想像していなかった。俺の落ち度だ。
    「渋谷のとき、何言ってもなんもしてくんなかったのも、それ?」
    「そうだ。そもそも、あの時のオマエはまともな判断能力がある状態じゃなかっただろう」
     あの頃、俺は傷つけられたくて仕方なかった。死にたいのに死んではいけなくて、でも俺が死んでいれば死ななくて済んだ人が大勢いて、人を助けなければいけなくて、そのためには死んではいけなくて、でも俺は死ぬべきで、死にたくて。呪霊狩りの合間に間欠泉のように吹き出す希死念慮と自己破壊衝動に振り回されて、それを全部、黙って隣にいた脹相にぶつけていた。
     脹相は俺にとってあまりに都合が良かった。そもそも敵で、人間ではなくて、ばかみたいに強くて、俺を弟だと思い込んでいて、俺を愛していた。俺は脹相を守る必要がなかったし、思いやる必要もなかった。でも脹相は俺を守り、気にかけ、ずっと隣にいた。俺が何をしても、脹相はただ俺の名前を呼んで、そこにいた。弟だから、と。
     脹相がいなければ越えられなかっただろう何夜かのうちのひとつで、俺は脹相にセックスをねだった。俺が好きなら、大事なら、俺を犯せと胸ぐらを掴んで迫った。だが脹相は頑なにそれを拒み、俺をきつく抱きしめて朝まで離さなかった。どんなに暴れても、術式を使ってまで俺を抱え続けた。大丈夫だと囁きながら。
     乙骨先輩がやって来るまで俺が人間をやめずにまともに生きていられたのは、脹相のおかげだった。俺の兄は、俺を俺自身からも守り続けたのだ。
     俺はずっと、脹相があの時俺を抱かなかったのは、俺が弟だからだと思っていたが、それだけではなかったらしい。
    「ん」
     湯が沸くまでの間、脹相に向かって腕を広げると、大男がのそのそと身をかがめて、俺をぎゅうと抱きしめた。俺も広い背中に腕を回す。隙間なくぴったりくっつく、いつものハグ。
    「悠仁」
    「うん」
     脹相は俺の首筋に鼻をすり寄せて大げさなほど深く息を吸った。おい嗅ぐな。犬かよ。
     俺と脹相の関係をどう言い表したらいいのか、俺は未だにわからない。
     兄弟。家族。相棒でもあり、悪友めいた悪ノリもする。だがそれ以上に、俺と脹相は、お互いの唯一無二だった。
     俺たちの間に恋愛感情は多分ない。脹相はそもそも弟以外のものに大きな好感情を向けることがないし、俺も恋愛はよく分からない。好みの異性のタイプはあっても、誰かとちゃんと恋をしたことは、記憶にある限りない。セックスは、しようと思えばたぶん、できる。脹相となら。脹相の倫理観はついさっき知ることになったところだが、俺が二十歳を迎えて、あの頃みたいなぐちゃぐちゃな精神状態でもない今、俺が改めてねだれば、おそらく脹相は応える。俺も、脹相がしたいというなら、ほーんそっかで受け入れると思う。例えばそうだな、どちらかが媚薬にでもやられて苦しんでいたら、躊躇なく寝る。凸の方でも、凹の方でも、どっちでもいい。どっちになっても、気持ちいいだろうなという確信もある。
     ただ、今の俺たちの間には、恋もセックスも必要じゃないだけだ。
     俺は脹相を愛している。脹相も俺を愛している。それは兄弟愛であり、家族愛であり、それ以上の何かであり、俺たちはお互いを分かちがたい半身として、何よりも愛している。手を離したとしても、永遠に、俺には脹相がいて、脹相には俺がいる。こういう関係になんて名前をつけたらいいのか分からないまま、もう随分経ってしまった。結局、俺と脹相は兄弟で、パートナーなのだ。この世にたった二人だけのいきもののように。
     ふーっと最後に大きな息をついて、脹相の手がそっと離れた。俺は名残惜しくその背のくぼみを撫でて抱擁を解く。俺たちの手はどちらも汚れている。血と、呪いと、憎しみで。その汚れた手でふれあい、抱き合って、ようやく俺たちは己の輪郭を確かめるのだ。なんかそんな懐メロあったな。
    「先に戻っていろ。伏黒もそろそろ落ち着いただろう。話を聞いてやれ」
    「おう」(未完)
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    Replies from the creator

    takamura_lmw

    DONE🎉ししさんお誕生日おめでとうございます🎉
    ししさんお誕生日のさめしし、もしくはししさめです。
    一月に書いたさめせんお誕生日SSの続きです。

    あなたのこれからの人生が、あなたにとって素晴らしいものでありますように。
    できれば長生きしてください…頼む…ギャンブルなんかやめろ…ワンへなんか行くな…
    「誕生日、おめでとう」『村雨、八月二十七日って空いてたりするか』
     恋人の声を聞いた途端、村雨礼二はいざという時の切り札に確保していた上司の弱みを、ここで行使することを決めた。空いた片手で猛然と上司にビジネスチャットを打ちながら、頭の中では担当の患者とそのタスクについて素早くチェックをかける。どうしても村雨でなければならない仕事はないはずだ。あのネタをちらつかせれば上司は確実に休みを寄越すだろう。
    「休みは取れる。どうした」
    『即答だな』
    「偶然ここのところ手が空いていてな」
     嘘だった。所属する医局もいわゆる「バイト」先も相応に多忙だ。だがそれを彼に悟らせるつもりはさらさらなかった。
     村雨がここまで即座に恋人の―――獅子神敬一の、願いとも言えないような言葉に応えたのは、彼の声になにか特別なものを感じたからだった。不安でも、歓喜でもない。怒りでもなく、愉楽でもない。ただどこか尋常でなく、特別なもの。絶対に逃してはならないなにか。ほとんど第六感のようなものだが、村雨はそういった感覚を重視する性質(たち)だった。
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    takamura_lmw

    DONE桜流しのさめしし、もしくはししさめ。ハッピーエンドです。ほんとなんです。メリバでもないキラッキラのハピエンなんです。信じてください。

    これがずっと出力できなくてここ一ヶ月他のものをなんも書けてませんでした。桜が散る前に完成して良かったと思うことにします。次はお原稿と、にょたゆりでなれそめを書きたいです。
    桜流し 獅子神敬一が死んだ。
     四月の二日、桜が散り出す頃のことだった。



     村雨にその死を伝えたのは真経津だった。
    「——は?」
    「死んじゃったんだって。試合には勝ったのに。獅子神さんらしいよね」
     真経津は薄く微笑んで言った。「獅子神さん、死んじゃった」と告げたその時も、彼は同じ顔をしていた。
    「……いつだ」
    「今日。ボク、さっきまで銀行にいたんだ。ゲームじゃなかったんだけど、手続きで。そしたら宇佐美さんが来て教えてくれた。仲が良かったからって」
     村雨はどこかぼんやりと真経津の言葉を聞いていた。
    「あれは、……獅子神は家族がいないだろう。遺体はどうするんだ」
    「雑用係の人たちが連れて帰るって聞いたよ」
    「そうか」
    「銀行に預けてる遺言書、あるでしょ。時々更新させられる、お葬式とか相続の話とか書いたやつ。獅子神さん、あれに自分が死んだ後は雑用係の人たちにお葬式とか後片付けとか任せるって書いてたみたい。まあ銀行も、事情が分かってる人がお葬式してくれた方が安心だもんね」
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