孤独に沈みゆく スマホのアラームで目を覚ます。ひどく重だるい体を引きずって布団から抜け出すと、冷蔵庫を開いて栄養補助ゼリーを取り出す。意識を無にして、ただ飲み込む。味とかはもうわからない。ただ、最低限のカロリーを取るために口にしている。
固形物を口にできなくなってどれくらいたったろう。腹が空いたという感覚がなくなってどれくらいたったろう。
最初は量が食べられなくなっただけだった。だが、日がたつにつれ口にしたものを戻すようになってしまった。食べることは生きることで、生きると約束したのだから食事をしないとと思ったけれど、口に入れた先から吐くようになるまでさほど時間はかからなかった。
あの日はあんなに食べられたのにな、と考えて「また…」と自嘲の笑みが浮かぶ。考えないようにしてるのに、すぐ思考は8月22日に縋ろうとする。一人で生きなきゃいけないのに。
長い渋谷の夜が明けた後、暁人は妹の麻里を病室で見送った。彼岸で両親に託したときから覚悟していたが、冷たい手を握ると一人になったことを突きつけられた。喪主として葬儀を行い、一人の部屋に帰ったとき、ふと手元にあるパスケースを思い出した。
託されたそれを返さねばと思ったものの相棒の本名など知らず。何か手がかりがあればとあの日何度も通ったアジトへ足を向けたところ――凛子と顔をあわすことになった。なんとアジトのメンバーは全員復活したという。もちろんKKもと言われ、喜びで泣きそうになった。相棒と、また呼んでもらえるかも。そんな期待は、他ならぬKKの手ですぐに打ち砕かれたのだった。
アジトに足を踏み入れた暁人に対するKKの態度はそれはひどいものだった。それこそ凛子が顔をしかめるほどに。
中途半端が一番困る。あの夜はオマエしかいねえから手伝わせたが、足手まといはいらねえんだよ。だいたいオマエ、オレが中にいなきゃエーテルも使えねえだろ。それでどうするつもりだ。
一切こちらを見ずにまくし立てる相棒に、胸がかきむしられるような痛みを覚える。でも、なんとなくわかった。KKが自分を巻き込むまいとしているのだと。
不器用で、ずるい男だ。本当に暁人を厭うなら、真っ正面から罵ってくれればいいのに。そうしたら暁人はKKを恨んで生きて――いや、やっぱり無理か。
実のところ一番きつかったのは「妹と二人で普通に生きろ」という一言だった。
ねえKK、麻里はね、もういないんだ。
僕、正真正銘一人ぼっちなんだよ、笑っちゃうよね。
そう言えたら良かったのだろうか。でも生き返ったメンバーの前でそんなこと言えなかった。気をつかわせるのはわかっていたし、それを想像するだけで自分があまりに惨めで。
大きく息をついて、無理に口角をあげた。これがKKと言葉を交わす最後だろうと思ったから。
「わかったよ。KK、あの夜はありがとう。とりあえず預かってたパスケースは置いていくから。元々これの手がかりを探すために来たようなものだし」
動かないKKに何か言おうとする凛子を制し、その手にパスケースを渡す。
深々と一礼する。だめだ、まだ泣くな。せめて外に出るまでは。
ぐっと奥歯を噛み締めて顔を上げる。こちらを見ないKKの横顔を目に焼き付けて、「お邪魔しました――さよなら」そう告げて暁人はアジトから去った。目にはうっすら膜が張っていたかもしれないが、凛子は何も言わずに見送ってくれた。
扉を閉め、階段を下り、我慢できたのはそこまでで目からはボロボロ涙があふれた。そのまま逃げるように駆け出して――気がつくと一人で自分の家にいた。どうやって帰ったのか全然覚えていないが、泣きながら走る成年男子はさぞ滑稽だったろうと思う。
そこから泣いて泣いて泣いて。
なんでこんなに悲しいのか、辛いのか、全然わからないままに泣き続けて。
そんな日を続けている内に、今の状態になってしまった。
いつか、元に戻る日が来るだろうか。
わからない。ただただ悲しくて、辛くて、寂しい。
生きろと言われたけれど本当に自分にそんな価値があるのかと思ってしまう。
家族は誰もいなくなって、たった一人の相棒も暁人から離れていった。暁人のために突き放したんだと思ったけど、とんだ勘違いで本当に邪魔だと思われてたのかもしれない。
だからみんな、いなくなるんだ。
僕が、全部悪いんだ。
ああ、もうなにも、考えたくない。