呪い様様「オラ、言えって暁人」
目の前で、口を必死におさえてぷるぷると首を横に振る相棒兼恋人の頑固さに、オレは苛立ちを隠せず舌打ちをした。
怯えたように肩を震わす姿に泣かせたいわけじゃないと歯噛みするような気分がわき起こるが、こっちももはや意地だった。
事の起こりは単純だ。オレと別行動で祓い仕事に行った暁人が、最後にドジを踏んで呪いにかかったという。
とは言ってもそんなヤバいもんではなく、暁人は自らの足で顔なじみの上尾の宮司の元に解呪を頼みに行ったらしいと凛子から報告を受けた。それはけして問題のある行動ではない。だがわざわざオレではなく上尾のに頼ったことが少しだけ業腹ではあった。
もちろんオレが別口で仕事中だったからというのもわかってはいる。だがつい最近想いが通じ合った相手を、解呪とはいえ他の男に預けたくないというくだらねえ悋気がわくのは止められなかった。
ちょうどオレの方も仕事が終わったところだったものだから、凛子への報告を最低限にして上尾神社に向かった。途中で暁人が捕まればオレが解呪してやれるし、そうでなくとも説教という名目でアイツといられる。
そう思ってたどり着いた場所に、すでに暁人はいなかった。わざわざ追いかけてきたオレを半ば面白がってる宮司の野郎によれば、暁人にかけられた呪いは『隠してる本音を言ってしまう呪い』だそうで。
実際にそれを口に出すか、時間はかかるかもしれないが放っておいても解けるものだという。なので下手にいじらない方がよいからそのまま帰したと言われ、オレの脳裏によぎったのはそれは使えるのでは、という思いだった。
あの夜を共にした暁人と紆余曲折ありつつもいわゆるオツキアイをすることになって数週間がたつ。だがアイツは一向にワガママらしいワガママを言いやしない。
付き合い始めだぞ? 一番浮かれてる時期じゃねえか。(少なくとも恥ずかしながらオレは浮かれてる)言いたいこともやりたいことも色々あるもんじゃねえのか。
なのにアイツはにこにこ笑って、オレの希望ばっかり聞いて、「こうしてるだけで幸せ」なんて欲のないことを言いやがる。
なんでもかんでも叶えてやるなんて無責任な事を言えるほど若くはねえが、それでも出来る範囲でやれることはやってやりたいとは思ってるし、逆にそれすら出来ない男だと思われてるなら心外でもある。
暁人が望むことを知りたい、叶えてやりたい。それはここ最近のオレの悩みでもあり、暁人が受けた呪いはそれを解決するきっかけになりそうだ。
そのまま上尾神社からとって返して、暁人の自宅に押しかけた。チャイムを鳴らしても出てこないが気配で在宅なのは明白で、そしてオレの手には先日当人から渡された合い鍵がある。遠慮する理由があるだろうか、いやねえな。
勝手知ったる暁人の家だ。すぐにベッドの上で枕を抱えて気まずそうな顔をする恋人を発見した。とりあえずは何事もなかったように近づいても、暁人は口を開かなかった。仕方ないので上尾のに呪いの話を聞いたと言えば、これまたあからさまに目をそらす。
「あーきーとー? 暁人くーん?」
声をかけながらベッドに腰をおろせば、オレから逃げるようにずりずりと壁際に寄っていく。怒られる寸前の子供のような姿は、可愛らしくもあり憎らしくもあった。
「――暁人。オレに言いたいことあるんじゃないのか?」
言っちまえよ、というオレの言葉に暁人は口をへの字にして拒否の姿勢を見せる。それがどうにも短気なオレの癇にさわってしまう。
――そして話は冒頭へと戻るのだ。
「ずっとだんまりするのか? 解呪にどんだけかかるかわかんねえぞ?」
さっさと吐いて楽になればいいだろ、と言ったが往生際悪くかぶりをふる子供は、しまいには口をおさえるどころか目までぎゅっと閉じ始めた。
何をそんなに隠してやがる。そんなにオレが聞いたらまずい『本音』とやらがあるのかと、じりじりとした焦燥感が胸をやく。
埒があかないと、口をおさえる手をつかみ引き剥がした。噛み締めて赤くなった唇から「あっ……」という声が漏れて、ようやく聞けた恋人の声に口角があがる。そのまま顔を近づけてべろりと口元をなめてやれば「んん……っ!」という非難めいた嬌声があがったが、わざと無視して歯形でへこんだ痕をなぞるように音を立てて舌を這わせた。
両手はオレが掴んでるから身動きできず、されるがままの暁人の目尻がどんどん朱にそまってゆく。それを良い気分で見つめながらノックするように何度か唇を重ねてやれば、やがて耐えきれなくなったようにわずかに隙間があいた。その機を逃さず中に隠れていた舌を絡めとる。吸ってなぞってまた吸ってを繰り返せば、怯えに染まってた瞳が快楽にとろりととけていく。それを確認して解放してやれば、もうその唇が噛みしめられることはなかった。
唾液に濡れた唇を親指で拭ってやると甘い吐息がそこからこぼれる。潤んだ瞳を覗き込んでもう一度告げた。
「暁人、ほら言えよ」
オマエの本音、聞かせてくれよ。
結論から言えば、暁人の『本音』とやらはずいぶん可愛らしいものばかりだった。
駅前の新しいハンバーガーショップに一緒に行きたい。
二人きりの時は手をつなぎたい。
お揃いの何かが欲しい。
寝る前にキスしたい。
……一人で寝るのが怖い。
そんなもんいつだって何度だってすぐにだって叶えてやるというものばかりで。オレへのダメ出しが混ざってないことにほっとしたのはここだけの話だ。
隠すほどの事じゃないだろうと思わず呆れたように言ったオレに「だ、だって。子供みたいなことばっかり言って、KKに嫌われたくない……!」とぐずったその姿に優越感が生まれたことを知られたら、オレこそ軽蔑されるだろうか。
「……あんまため込むな。オレがさみしいだろ」
そうわざと茶化すように言うときょとんとした顔をするから「恋人のちょっとしたワガママを叶える楽しみをくれよ」と言い換えてやれば「何それ」と言いつつもほっとしたように息をついていたから、きっとこれからは少しずつ言葉にしてくれるだろう。
とりあえず、『一人で寝るのが怖い』というのを解消するために同棲を提案してみようと、呪いがすっかり解けて安心したように眠る暁人の頬を撫でつつ考えるのだった。